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モンキーマインド・ユー・キューブ・バンド

蘊蓄シリーズ、コンサバと言えばそうだが、やはり凄いのだ。
~小理屈「いやカタいのなんの」~120513〜
もまゆきゅの曲が、出てます。へーこんなのがあるんだ。
〜ゆーこコラム 〜120512〜
暫定かも知れないけれど、AORカテゴリー作ってしまいました。
AOR,熱烈お勧め〜120306〜
全て、しかし女の子だけが…。ああ…。
〜今日のはげみ 〜120127〜
最高に幸福だった、山梨韮崎教会のクリスマスコンサート。
〜ライブダイアリー111218〜
熱血ドラムの広瀬さん、さいっこーです!
~えっちらおっちらアルバム制作~111126〜
イージーリスニングさいこー
シークレットライヴ・ダイアリー
それでも、…それでも頑張って、日々のBGMをほぼにちでアップ。
~つれづれ day by day

流行を取り入れるの、遅っ!でもUstが先で動画が後って、どゆこと?
~もまゆきゅコンテンツ~100623

2部構成で行くつもりらしい。また長いよー(^^;、
~イージーリスニングは最高~091003


ついに、ついにカテゴリを作ってしまった。しかし、これは難易度高過ぎ!
〜もまゆきゅのしり取り〜090831
N.Y.の話で、かつてここまで軽いものがあったろうか。
~N.Y.での一寸泣かせる話シリーズ~090101
スナフキン登場!
ところで「もまゆきゅ」は何似?誰似?~080114
1stアルバムについて、するめのようにかみしめた感想もらってます!
1stアルバム~070724~








   






写真は、06年夏、武蔵屋さんでのキャンドルナイトで、ロハス・ライヴ。
PAなしです。
ゆーこさんは、ブラシでスネアを。
たにふじは、いただきもののガット・ギター。
ATTAさんは、ギタロンという、レアものベース。
もまゆきゅは、メンバーや、ゲストのセッションマンの他に、
口喧しい音楽ファン、
いつも足を運んでくれるサポーター、
つまらない音楽日記にコメントくれる皆さん、
etc…などなどで出来てます。
もまゆきゅが聴いてる音楽
お時間ありましたら、覗いてみて下さい。更新はしてませんが…。

兎に角、うさぎにつの、新しい音楽を。懐かしい音楽を。
明日も作らなくちゃ。

# by momayucue | 2013-12-31 23:59 | つれづれ

HOME 空から見た地球/リュック・ベッソン ヤン・アルテュス=ベルトラン


お疲れさま、地球が危ないと想ってるたにぴ@もまゆきゅです。

「不都合な真実」という映画が、
ある時期からコテンパンにやられるようになりました。
曰く、プロパガンダが全面に出ている。
曰く、根拠の無いデータで危機感をいたずらに煽る。
違うのホントのばかのあほうの…。
挙句の果てには、感情的な揚げ足取りになってしまっている。
いやだな。
映画じゃなくて、その周辺の感情が。
陰謀説も科学的根拠も、いやだ。

さてさて、最近何かとこれを観てます。
流しっぱなし。
Yann ARTHUS BERTRANDという人が監督。
で、あのLuc BESSONがプロデュースしたもの。
コヤニスカッティを彷彿とさせる天然映像美の映画、"HOME"です。
見たこともない様な現実の風景が、
見てる筈なのに改めて驚きの風景が、
ぼわぁっと。こんな色が世の中にあったんだ…。
きれーだなあ…。

ちらっとでも観て頂くと察しがつくのですが、
いわゆる、地球が危ないモノの映画です。
人類がこのまま環境破壊を続けていけば云々…。
たったこれだけのメッセージでも、「ある」というだけで叩く人が出てくる。
一番凄かったのは、
「地球はびくともしない。人類が危ないだけだ」
いやその通りですけど、そこで言い回しに拘って何が解決するやら。
不要な疲れが、その周辺に起こるんだよな。ふぅ…。
でも、いかなリュック・ベッソンが苦手なぼくでも、この映画はいいと想う。
胸のすくような自然の映像が、
ぎくしゃくとしてる人類側の映像が、
てんこ盛りです。

科学的検証は大概、文法にも解釈にも双方誤りがあるけど、
環境破壊なんて、しない方がいいのが普通でしょう。
ぼくはこのテのものを素朴に察知するだけでだいぶ違うと想う。
このDVDも出ているけれど、取り敢えずは、YouTubeに無料で全編が上がっているので、
そちらを観てしまうのがいいと。
ぼくもそれですし。
実はこの、無料で全部公開してしまうというところが、
信じられるし、お金払ってもいいかなと想える。
それは、まあぼくの甘えもあるけどね。


# by momayucue | 2012-05-24 00:01 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

Pecos Bill/ロビン・ウィリアムス ライ・クーダー


カウボーイとは無縁な、たにぴ@もまゆきゅです。

西部開拓にヒロイズムをもう感じない。
どちらかというと、ヨーロッパ人の妄信的な…、以下自粛。
いつの間にか、報復とか自尊心とか、ぼくはどうでもよくなってしまった。
いや、きっとどうでもよくはないんだけど、
優先順位を、頑張って下げてる。
でも、取り敢えず堅いことは抜きにして。

Robin Williams という超一流のコメディアンが、
名物カウボーイの話を語った。
Ry Cooder が、いつもの調子で音楽をつけた。
しかも、あのウィンダム・ヒルからアルバムになって出た。
っていうか、ウィンダム・ヒルのシリーズものだった。
それがこれ、カウボーイ版ほら男爵
あれ程ニューエイジ風なものを嫌ってたライさんですが、
ちゃんといつもの自分の世界を出してます。
たまにはこういう軽い演奏もいいと想う。

では、これで英語のヒアリング練習でもしつつ。

# by momayucue | 2012-05-19 13:11 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

スティーヴィー・ワンダーの謎に迫れない


何かのギャグにさえ一瞬見えてしまうこの絵は、Stevie Wonder の80年代最初のアルバム、"Hotter than July"のジャケット画(の、パロディ)です。確かに、7月よりも暑そうだ…。

彼は、音楽神と呼ばれていました。
かつてクラプトンが「ギターの神様」だったり、ロック文化の中で幾人か、伝説とか神様と語り継がれる様な人物が、います。それら神様の多くは70年代迄で、80年代になると偶像崇拝が収束していくのはご存知の通り。パンクが「ロックンロールは死んだ」と宣言し、フェイクなもの、キッチュなものが台頭してきます。もうその頃には、当時神様だった人物達も、地に足がついた人間として、歩み出す。伝説のミュージシャンや芸術家達は、長生きすると共に、一般には「終わった人」扱いされていく。

スティーヴィーは、30代迄にリリースしていた新作アルバムのどれもこれもが、「神がかっている」と評されていました。聴いたことのないリズム、揺れまくるノリ、驚異的な和音の動き。演奏も物凄い。キーボード、ハーモニカ、ドラムス、そしてヴォーカル。それはもう斬新だった。ワンダーだった。

私は、スティーヴィーの全盛期をまるごと受け止められた世代ではありません。一寸遅れてます。"Hotter than July"の後、延々と彼の音楽にリアルタイムで触れ、また振り返り、追っかけで聴きまくる…とはそれ程なりませんでした。私にとっては、80年代以降の新作の中でも、充分に眼の醒める様なリスナー体験です。所謂全盛期に出た代表作と言えば、そうだな…。"I just call to say I love you"、"Stay gold"、それから、これは全盛期世代にとってもそう言えるんじゃないでしょうか、"Overjoyed"。しかし先出の2曲などは、所謂ヒット曲ですが、やかましい音楽通の間では、
「スティーヴィーと言えども、才能が枯渇した証し」
とまで揶揄される程です。ここは、私等は完全に意見が分かれるところです。"I just...."のあのメロディやアレンジの信じ難い大雑把さは、実は巧妙だし尋常ならざるセンスに裏打ちされていると想っています。

さて、本日のお題「〜の謎に迫れない」は、何故、迫れないのか。
ふたつ理由があります。彼が感じている音響というのが、一般にはかなり困難です。スティーヴィーと言えば完全な盲目と想われていますが、実は、微かに光を認識することは出来るのだそうです。ただそれは、像を認識出来るレベルではなく、光の方向すら判明出来ない本当に僅かなもの。それから、生まれてすぐに、保育器の中で失明している為、視覚的世界観はそれが全て。見える、という記憶は皆無で、思想的に、抽象的ににそれらを理解している。
もうひとつ、時代背景があります。モータウンという特殊な、アフロ・アメリカンが占める音楽レーベルで、ベリー・ゴーディという独特な価値観を持ったオーナーと歩んできた。初期のリトル・スティーヴィーの頃はいかにもモータウン然としたポップ・ソウルでした。しかし、レーベルの一部先鋭的なミュージシャンがそうだったように、商業音楽の可能性は広大でした。コモドアーズ、スタイリスティックス、スタックスレーベル等の都会的で白人層にも(ある程度は)アピール出来る音楽。一方にジェームス・ブラウンのスタイルからジョージ・クリントン、ブーツィー・コリンズの様なファンカデリック派が生まれ、丸っきりのブラックなサウンドを。更に視野を広げれば、ビートルズもストーンズも、ジャズも、あらゆる音楽に、あらゆる伸び代があった。レゲエ。ラテン。シンセサイザー。クラビネット。サイケデリック。前衛。それらを取り入れ、かきまぜ、発明する。今、21世紀にこれらに匹敵する音楽的発明が可能かどうか…。
その2つで、たにふじはスティーヴィーのワンダーに迫るのを断念した…のかというと、もう一寸は掘り下げています。

視覚の件。レイ・チャールズは、ラウル・ミドンは、マイナーなところではムーンドッグは、スティーヴィーと何処が違ったのでしょう。いずれにしても、視覚が無いことで、ある種の制限があり、また、無い制限、という概念も成立します。音世界の中で、特殊な自由を獲得出来る。コンサート会場で、ふと眼を閉じる。左右に分かれていた音源は途端に渦巻き出し、明確だったコードが倍音に埋もれてしまう。一帯から鳴り響く拍手に、和音がぶれて判らなくなる。ブラインド・スティーヴィーはそこで、何に気付いたのか。制約、ではないかと想うのです。制約が自分に必要だ、と。
レイ・チャールズはフェンダーのエレキ・ピアノのリリースをグルーヴとして捉えた。ラウル・ミドンは、アコースティック・ギターの不自由な構造。スティーヴィーは、ドラムと、モノフォニックなハーモニカを幼い頃にマスターした。しかし、自分で作曲し、ピアノを操って演奏していく過程で、このままでは混沌にまみれてしまう、倍音を整理する能力を身につける必要がある、と感じ、音楽理論を学びます。

時代の件。天才少年としてモータウンの寵愛を受けたスティーヴィーは、自らの黒人としてのアイデンティティーを、見ずに、学んで知ります。どうやら自分は差別されているらしい。しかし不遇の少年時代は、そのハンディキャップに集約されていた。そして時代が待ち望んでいた多様な音楽を、追うどころか5歩も10歩も先んじていた。
クラヴィネットというギターのピッキングに近いアタックとリリース音を持った楽器による、何だかわからないうちに躯を突き動かすリズム。拍の表裏の概念をフルに活用する術。バンドには自分が「見えて」いるので、動いてキューを送ることが出来ること。コントロールとリーダーシップ。ジャズのセオリー。アドリブ。

成程、そんな風にして、Stevie WonderはWonderになったのか。

それらが、「音楽神」の理由…。きっとそうなんだろう。クリエィティヴの広大な可能性、マルチ・プレイヤー、アイデンティティー、経済的ではなく、盲目や事故の後遺症(車の事故で、一時は味覚も嗅覚も失った)等の不遇。
それでも私は、神がかっているという表現があまり好きじゃないんです。そのこととどの位関係があるのか、ともあれ私はスティーヴィーのイメージの巨大さがどうも理解出来ない。そのオーラに身を任せることが出来ない。いや、音楽的オーラの凄さは何度も経験していますが、特に彼は、全盛期を過ぎたと言われてもライヴは圧倒的だったし、私は何度もそのライヴを経験していますが、何が「神」なのか、解っていない。皆が知っているそれに追いつくには、この鈍感なたにふじはどうすればいいんだろう。

私以降の世代と、それ以前のリアルタイム世代では、その新鮮さ、新しさと、切り開かれたフィールドの広大さが、違って見える。そんな仮説を立ててみます。
以前にこれも私の仮説ですが、エレキ・ギターが音楽にもたらしたものが、20世紀どれ程巨大だったか。アンプリファイの概念。歪みやフィードバック。エフェクト効果。コード。環境に作用するリリース音。ポータビリティ。ロックンロール。60年代英国から始まったギター・リフのサウンド。ギターのリフがもたらす「ノリ」を、最高のドラマーであるスティーヴィーは、クラヴィネットでプレイした。「迷信」の誕生です。
"Sir Duke"に漲るデューク・エリントン式ジャズのはじけた佇まい。ウッドベースとピアノのバラッド"lately"のあまりの自然さに、ウッドベースではなくそれがシンセサイザーだと皆が気付いた時には、音色の見事さもさることながら、演奏がウッドベースしていることに驚嘆した。一寸やってみたなんてのではない、まさに音楽がプレイされているんです。

ところで、視覚的なものに依らず音の情報を全身で察知する彼は、かなり早い時期にデジタルを取り入れています。まだまだその技術が「デジタル」であるというだけで、粉っぽく艶の無い音が不評だった黎明期にも。何故でしょうね。アナログとデジタルの違いが、スティーヴィーはイヤじゃなかったんですね。この点についてはどうも多くの人がこんにちでも不思議に感じています。当時私は、何かの映像で彼がサンプラーでドラムを演奏するシーンを観たことがあります。あれ程のドラマーが、キーボードを叩いて、ドラムを演奏する(打ち込みでなく)。しかしそれさえも、揺れから来るノリを聴いていると違和感が無い。彼は今この瞬間、音楽をやっている。


"In Square Circle"というアルバムが、1985年にリリースされました。打ち込みベース、デジタルで、ノン・リバーブで、しかもボトムのないアルバム。この音が私には、良い音とは想えない。しかしかのスティーヴィーが納得したのだ、何か重要な意味を彼に伝えられるものだったに違いない。それは、無機質を極めるという80年代の彼の発明のひとつだったのかも知れない。全盛期ではないとされている時期の彼の曲も、ことごとく発明だと私は想えるんです。
イノベイティブはとても孤独だ。矢野顕子さんは、
「クリエイターは、新しく無ければいけない」
と若い頃発言していた。ライ・クーダーは、
「斬新かどうか?いや、いいサウンドかどうかが大切だろう?」
と某インタビューに答えています。優先順位も人それぞれ。世に連れ歌につれ。
スティーヴィーのコンサートは、ホーン部隊がシンセサイザーになったりしながらも、他のミュージシャンの様にバンドの編成が抜本的に変わる様なことはありません。マイルスの様に突然ギターばかり3本キーボード無し!とか、無いです。タイを絞めてカーネギーでピアノトリオで、1ステージの半分を同期モノに、等、直ちに出来そうな、しかも超一流のものが出来そうなことも、しない。そして、常に自身の代表作を、全く飽きることなんて無く、今そこで生み出したように演奏する。

彼の一挙手一投足を誰もが注視した時代であろうが何だろうが、彼自身にとっては音楽はフレッシュであり続けるのだとしたら、何が彼を神格化させているのかが肌身に感じられなくとも、それでいいのだろうな。お互い生きてるんだし。今日、5/13は、彼のハッピーバースデーです。

そして、少しは私も、気が楽になります。音楽をしたいんです。


# by momayucue | 2012-05-13 19:25 | 小理屈「いやカタいのなんの」 | Trackback | Comments(0)

ライブ音源DL販売(「夢が叶った夜」)

あ、お久しぶりです、ゆーこです。
データ販売できるサイトを見つけたので
ちと試しに出品してみましたよ。
下記リンクからぽちっと。
支払い方法がPaypalなど限られておりますが
50円の破格値段です。
ごめんなさい、Paypal対応が100円からだったため
単価訂正させていただきました。
どうぞよろしくお願いいたします。

「夢が叶った夜(LIVE)」DL販売ページ

# by momayucue | 2012-05-12 17:32 | ゆーこコラム | Trackback | Comments(0)

DIVE/坂本真綾


最近新作CDをあまり買わなくなった、たにぴ@もまゆきゅです。

時間の感覚が、相当に変というか年寄というか、
今日のこのアルバムだって、1998年、もうかなり前なのに、
ついこのあいだ出たばっかり、な気がする。
坂本真綾さんは、レコード屋(わざと年代モノの言葉)に行くと必ず眼にします。
だって、坂本龍一コーナーの次にあるんだもの。
しかも「イージー・リスニング」なんていういけずなタイトルのアルバムもあって、
たにふじにおいでおいでをすることすること。

それはそれとして、ぼくの70年代な耳には、
この作品などはいささかも古くなど感じないのう。
菅野よう子さんの全面プロデュース。
このふたりは、よく知らないぼくが言うのもなんなのですが、
「盟友」と言っていい関係なんでわない?
だから、これが代表作になるのかどうかも判らない。
でもひとつのステロタイプとしてぼくはとても感傷的に聴いてます。
オタクカルチャーとアニメカルチャーのマーケットから、
その最もスタイリッシュな部分で誠実に公平に作られた。
歌謡曲、ジェイ・ポップ、J-POP。
これは結果論だけれど、
飯島真理さんのミンメイが先駆ということになるんだろうか。
マクロスのBGMそれ自体は、寧ろ音楽技術とオタク技術の過度で、
いまひとつスタイリッシュとは言えない。
一般人たるたにふじには、
「うーむ、オタクにひよってる…」
という匂いを感じてしまう。
まそのぉー、とても個人的な感想に基づいた意見ですけど。

ただそれでも、羽田健太郎さんがオタクのツボを好意的に捉えたからこそ、
マクロスの異様に捻りの効いた音楽になったし、
それが成功した。つまり、オタクにも届く音楽になった。

さてそのまま一気にアニメの音楽はマーケットを拡大したかというと、
どうなんでしょうね。
例えば椎名へきるさんは、
国内のどんな大きなステージも踏めるだけの動員力を獲得した。
しかし、ドリカムや、紅白と並列だったかというと、
ぼくは一寸違うかなあと。
とは言っても、必要なプロセスだけどね。
逆にしょこたんみたいな、
逆側からそれらを理解した人物も重要な役割を果たして、
こんにちの、もはやベテランとも言えるまあやさんに至る。
若しくは、菅野よう子さんに至る。

適当に書き散らしたけど、全然ぼくは歴史的には解ってなくて、
知ってる範囲で解釈したに過ぎないです。
ごめんなさい。

音楽に国境は無いなんてよく言う言葉ですが、
実は、文化的、国境的、世代的断絶は常にある。
音楽だけが特別に敷居無いだなんて、そんな訳ないじゃん。
カラオケだって、AORだって、サントラだって、
みんな自分達のサロンを開放したり閉じたりしてる。
ぼくは行き来しようとしてるけど、
自由にとは言い難い。その都度それ等に併せることで「不自由に」、
行き来してます。

ぼくがアニメのサウンドトラックとして一番好きなのは、
宮川泰さんの「宇宙戦艦ヤマト」。
その他でも、好きなものはどちらかというと古いものが多いです。
山下毅夫さんのルパン、富田勲さんのジャングル大帝、…。
しかしそれは最近のJ-POPに疎いのと同じ理由であって、
ぼくの境界が狭過ぎるだけです。
そうして、たまに坂本真綾なんてのを聴いて、
「こ、これはもう巷の境界を超えたな…」と驚くわけです。

ぼくは、猫派。だけどM9の「ねこといぬ」に、じーん。

# by momayucue | 2012-05-09 22:10 | つれづれ | Trackback | Comments(2)

Sunshine Avenue/増尾好秋


日本のフュージョン・バンドが苦手な、たにぴ@もまゆきゅです。

日本人の演奏家が嫌いってことは、全然ないです。
寧ろ、そのわびさび感は好きです。
ナベサダさん、日野皓正さんから入った世代ですもの。
だけど、昔からね、日本のフュージョンの「バンド」ってのがダメでした。
聴いてなかったから何とも言えないんだけど、
殆どが好きにならなかった。某星座のバンドとかさ。
これが、KAZUMI BANDとかだと、ありだったんだけど。
ずるいかな。
で、増尾さんの大ファンだったんですよ。
結構本人に迷惑かけるレベルでした。
さてさて、どうですかこのジャケット
めちゃめちゃカッコよくないすか?
若い頃の高岡健二みたいだ。

軽くない増尾さん。今日はこれで移動。

# by momayucue | 2012-05-04 18:05 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

SaskaModie/モッキー


軟弱な肉食、たにぴ@もまゆきゅです。

SaskaModieって、何語なんだろ。
MOCKYという、マルチミュージシャン。
カナダ出身、容姿は、寒い国のプリンスって感じっす。
まあプレイヤーとしての実力は、ミネアポリスのPrinceみたいには、
少なくともバカテクで押すタイプじゃないです。
ソフトサウンディングであり、イージー・リスニング。
カナダってことは、仏語なのかと想って検索してみたけど、
解らなかった。

さてさて、この謎のタイトルのアルバム
傑作。どうしようもない傑作。

演奏力でもテクノロジーでもないもので、最先端に立つ音楽。
ナイーブな楽曲。
ほぼ全ての楽器を自分で、代用品を使わずにナイーブに演奏する。
レコーディングも自ら、ナイーブに行う。
凄い!と言いたくなるようなことは、敢えて避けてる様にさえ想える程。
センスいい。

どういうこだわりなのか、ジャケットの左下隅に染みが見えるでしょ、
これ、印刷なんです。

これで移動です。

# by momayucue | 2012-04-30 18:08 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

Southern Cross/フィル・マンザネラ


ロキシーにはあまり含蓄がない、たにぴ@もまゆきゅです。

どうしてなんだろね、ブライアン・フェリーのソロにも、
あんまり触手が動かないんです。

イーノの他のプロデュース作品や、
ソロ作品には超関心ありありなんですが、
ロキシー・ミュージックはなんとひとつも持ってない。
でも、Phil Manzanera のソロは、この通り。
はじけてて、陽性で、でも体制に立ち向かうという、
つまりはかなりロキシーの反対側って感じ、しますねー。
いや、どちらかというと湿っぽくて暗くてのが好きなたちなのに、
何故なんだ。
まあいいや。このアルバムは、本当に悩み一切無いってくらい陽性な音楽。
ヴォーカルは基本ゲスト。

では、これで行ってみよう。

# by momayucue | 2012-04-28 18:39 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

Shine オリジナル・サウンド・トラック



もう何度もサントラ好きを告白している、たにぴ@もまゆきゅです。

映画好きな友人から、
「シャイン、良かった!私が死ぬ時にはラフマニノフをかけて欲しい!」
と言われたことがあります。
このサントラで使用されているクラシック作品は、断片的ではありますが多岐にわたっており、
デイヴィッド・ヘルフゴットと言う本編の主役の実在ピアニストの、
実在演奏を音源にしている、とのこと。
その他のスコアは、デヴィッド・ハーシェフェルダーなる人物で、
これもとても素晴らしい。
いったいこうまでして音楽を演るものかしら。
…やるんですね。
ぼくなんてさ、こんな天才的な演奏者でも作曲者でもないのに、
この何分の一かの狂気を、感じてたりする。
何も度を超えなくても音楽は出来るとは想うんですよ。
でも、何かの取引きをしてしまうことが、
或いは、何かを感じなくなってしまうことが、
ある。
壊れる程に音楽をやってみたい。でも、壊れるのもナンだしね。

何の話でしたっけ?
今日はこれを。

# by momayucue | 2012-04-26 00:02 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

No Angel/ダイド


一寸投薬の関係で弱ってる、たにぴ@もまゆきゅです。

まあそりゃ弱ることばっかりなのですが。
Didoです。巷でめっちゃ評判がいい。
これは彼女のソロ・デビュー作、とのこと。
大ヒットしたんだそう。
はい、何も知りませんですわたし…。
何故持ってんのよ。はい、それはですね、
「女性トラックメーカーは、かなり信用出来る」
からです。

って言うか、トラックメーカー人種を、果たして全体としてぼくはどう考えているだろう。
菊地成孔さんは、
「ヒップホップはモダンジャズの孫なんです。おじいちゃんは孫がかわいいんですよ」
と言ってます。
ダンス音楽の側面だけであれば、
ディスコも、ハウスも、あまつさえユーロビートも、
モダンジャズの孫ってことになる。
おそらくこの発言は、ダンスのみを表しているのではないので、
正直ぼくにはきちんと理解は出来てないです。
いや、全然ピンと来てない。
ただそれでも、菊地さんははぐらかしでものを言う人じゃない。何かある。

多分、トラックメイキングという音楽習慣の発端は、
ヒップホップの黎明期であり、DJ達がターンテーブルを使って荒技を始めたことから、
ここに何かすげえ金脈があるとなって、
その後に、物凄く広大なトラックの表現が発明されている。

もまゆきゅは、あまりサンプリングはしません。
基本アコースティックであるものの、
シーケンスものもMIDIが多い。
理由は、ハーモニーのコントロールが、サンプリングだと難しいから。
ぼくには、ですが。なので、MIDI中心のトラックになっています。
そう、基本的にハーモニーの人なんですねたにふじは。
サンプリングや、カットアップでハーモニーを作ろうとすると、
求めているものが和音なのか響きなのか、穿って、「ずれ」なのか、
判然としない中で、ヤマ勘で進めないといけなくなる。
それもとても大事な音楽手法ではあるんですが、
何しろ、トラックってくらいですから、
何かを乗っける、リードとか、ヴォーカルとか、乗っけるのが基本姿勢。
それもそのうち超えたものがうまれてますが。

何かだらだらと書いちゃってるな。いかんな。
要するに、今日はDidoを聴いてます。
彼女は、トラックも自分で手掛ける人で、ヴォーカルも素敵。
大ヒットしたそうだから、ぼくよりも皆さんの方がご存知ですわよね。

しまりのない日でごめんね。たにふじ頑張るよ。

# by momayucue | 2012-04-21 16:00 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

Radio Music Society/エスペランサ・スポルディング


ども、コードというか和音に惹かれる、たにぴ@もまゆきゅです。

いいメロディって、よく言うでしょ。
しかし、そのメロディって、単音では案外なくて、
単音と、その意図する周辺の和音との関係のことなんですよね。
更に掘り下げると、単音のことではなくなり、
ある種の枠組みとその中でのビートの動きと音の動きと、
それらの相互関係全てになります。
そこ迄行くと、もうメロディって話じゃなくなってる。
コンセプトとか、民族性とか。
本来(ではないんだけど)数学的なものだった音楽が、
数学的絶対性すら包括したコンセプト論になってしまう。

高校生の頃、ここに物凄く混乱して、
混乱のあまり音楽が殆ど聴けなくなった時期がありました。
勿論当時はこんな説明は出来なかったんだけど。
ジェフ・ベックの「レッド・ブーツ」しか聴けなくなった。
単音の動きが持つ世界観がコードを捩じ伏せてる姿が、美しかったんです。

この病から、例えば"EX"なんてぼくの曲が生まれてる。

今にすればあの病の季節は、大雑把に言うと、
バークレー式音楽理論と自分の耳との折り合いだったのかも。
コードの上にメロディが申し訳程度に乗っているのが、イヤで堪らなかった。
完璧に美しいスキンヘッドの女性に、変なかつらが乗ってる様な誤魔化しを感じてた。
今のぼくの耳は、まあまあ普通です。
若干後遺症は残ってるけど。

エスペランサについて何か言おうとしたら、
矢鱈長い前置きというか、かなり自分の本質的なところに辿り着いてしまった。

Esperanza Spaldingのアルバム、ラジオの音楽領域とでも訳したらいいのかな。
バークレーで教鞭を取っている(史上最年少だそうな)彼女の、
ラジオっぽい音楽、ストリートっぽい音楽、ポップな音楽。ってことになるみたい。
でもこれ、最高にかっこいいけど、異常な音楽ですよ。
このベースパート。構成の複雑さ。和声の美しさ。優しさとしなやかさ。
まったくさいこーだ。
ある時期からのスティーリー・ダンが行き着いたジャズ理論弄り倒しソウルの、
現在。それが彼女。
まいったなあ。この娘いつか全部揃えるわおれ。

それにしても、リチャード・ボナ、細野さん、ジャコ、阿多剛、スクエアプッシャー、ポールさん、ミック・カーン、クリスチャン・マクブライド、スコット・ラファロ、…ベー
シストって強欲というか、宿命的な総合力というか、
…わからん。わははは。
どう考えても単体で総合的に音楽を覆うことが出来なそうなものだから、
あんなになってしまうのだろうか。

今はエスペランサに首ったけな私なの。←死語。

# by momayucue | 2012-04-13 23:31 | つれづれ | Trackback | Comments(2)

Chameleon/ボックス・ワン


録音した自分の歌を聴くとがっかりする、たにぴ@もまゆきゅです。

ピッチがね。やっぱりあんまりよくない。
最近は本当にあんまり歌ってないから、
ちゃんと意志を持って音程を狙わないと腹筋とか呼吸が勝手にサボってしまう。

Vox Oneって、知ってる?
ぼくが知る限り、技術的にもアレンジ的にも、世界最高峰のアカペラ・グループ。
メンバーのこともよく知らなかったんです。
最近になって、なんと日本人がいるのを知った。
知らなかったの、ばかだねえ、日本語の歌詞が部分的に入ってるのに。
そんなだから、このアルバムが何作めなのかも、
代表作なのか実験作なのか、さっぱり知らない。
でも、聴いてるんです。怖いですねー。
異常にピッチがいい。タイム感もいい。アレンジも凝りまくってる。
好みとか、楽しさとか、音楽って視点も様々だし、
ぼくだって達郎が大好きだし、マンハッタン・トランスファーも大好き。
でも、アカペラの完成度という意味では、
それまではTake6だと想ってた。
でも、VOX ONEを聴いて、これは上だわ、と認めました。
しかも、アレンジの緩急や、ヴォイス・ディストーション・ギターなんて飛び道具もある。
ほんとに巧いよなあ。

では、静かに、アカペラで彷徨う。桜の季節。

# by momayucue | 2012-04-07 13:31 | つれづれ | Trackback | Comments(4)

typeIII/パリス・マッチ


スタイル・カウンシルを通っていない、たにぴ@もまゆきゅです。

ポール・ウェラーは好きなんです。
でも、スタカンは何故か通ってない。
多分聴いたらいいんだろうとは想うのですが、何故か今迄縁が無い。

すみません。

何に謝ってるんだろ。

そのスタカンの曲からバンド名をつけた、"paris match"。
彼等は、アルバムのタイトルに、必ず、
オリジナルとして何枚目なのか数字を入れてます。
この方式は迷いが少なくなる。所謂お題モノ。
となると言うまでもなくこれは3作め

多分アルバム・タイトルの遊び方も含めて、
彼等には、到達すべき音楽の肌合いがあって、
そこに辿り着く為の方程式が毎回模索されているのだと想う。
確かにさ、このジャケットとか、スカシてるけど、
もしも目の前でこの風景を見たら、或いは写真展として観たら、
じんわりと心に沁み入るものがあると想う。
音楽に、感動があるんです。

キーマンの杉山さんは、
「お洒落な音楽をつくっているつもりはない」
と仰ってますが、きっとそれはまあある種のフェイントで、
ちゃんとした大人の、隙のあるノスタルジアを自分達なりのスピード感で、
作っているんだと想います。

何が言いたい?わははは。
ぼくはね、これ、泣けて仕方がないんです。

# by momayucue | 2012-04-02 22:35 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

Back In The High Life/スティーヴ・ウィンウッド


人前で演奏出来るのはアコギくらいな、たにぴ@もまゆきゅです。

一応レコーディングでは、色んな楽器を使うんですけど、
キーボードなんて、もうステージでは弾けない。
下手過ぎです。
あ、ギターも最近怪しいな。練習してない。
では、何なら出来んのよ。
ミュージシャンじゃないじゃん。だめじゃん。
自分で書いてて落ち込んだ。

Steve Winwood、マルチ・プレイヤーで、シンガーで、
それぞれオーソリティとして成功した。
オルガンもかっこいい。ギターもかっこいい。
ヴォーカルもかっこいい。ビッグヒットもちゃんとある。
日本ではそうでもないのかも知れないが、
ぼくは、N.Y.のマジソン・スクエアガーデンでコンサート観てるからね。
あの会場が満員になるだけの人なのよ。
因みに、そのコンサートは丁度このアルバムの頃。
アンコールで、"Higher Love"ですもの、80'sですねえ。

今日はこれで移動します。

# by momayucue | 2012-03-29 22:21 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

LA FEMME/レス・バクスター フランク・プゥルセル


ムード台無しな、たにぴ@もまゆきゅです。

ムードが好き。でも、シリアスは無理。
まあ、男は普通そんなでしょ。
これもLES BAXTER 祭りの一環。
でも、安いセットものを買った宿命というか、
情報が少な過ぎるのだな。
このアルバム、映画のサントラらしいです。
多分、このら・ふぇーめっちゅうのがタイトルではないかと想われます。
しかし、この綴りでぐぐっても、出ないのよ、そのものずばりが。
YMOの中国女とかが出てくる始末(しまつかよYMO)。
もう一方の主役、FRANCK POURCELさんも、
イージー・リスニングの顔役のひとり。
で、一寸嬉しいのは、レス・バクスターの作曲である、というね。
作家主義なたにふじとしては、やっぱしここが大きい。

ジャケットもムードでしょ。やっぱり気合入った音楽。
でも、エレベーター・ミュージックなんだな。

# by momayucue | 2012-03-25 19:29 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

The Guide (Wommat)/ユッスー・ンドゥール


ひたすら強靭な、たにぴ@もまゆきゅです。

もしかすると、泣き言とか弱音ばかり吐いてるけど、
ぼくは強いんじゃないかと想う時があります。
他人を責めない。諦めない。この点においてとりわけ。
しかし、発狂しそうになることもあるし、
単に他人ではなく自分の責務なだけというのも、…言えてるよなあ。

さて、ギター奏者としても、ヴォーカルとしても、
タフなプレイはしない私です。

Youssou N'Dourという今やすっかりセネガルの偉人になったこのシンガー、
これ以上無いってくらいにタフ。
歌の圧力、パワーと、ピッチやビブラートのコントロール、
ぽかーんとしてしまう。
ユッスーとヌスラットとスティーヴィーが、
世界3大ひたすらうまいシンガー(今作った)。

でですねでですね、これは1994年の作品。
英語も達者になり、仏語も当然、更にもう何だか解らない言葉も。
そして、時代だったんだろうな、お洒落です。

# by momayucue | 2012-03-22 21:59 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

Finally Woken/ジェム


日々取り乱している、たにぴ@もまゆきゅです。

もまゆきゅのアルバムが進まないのには、様々な理由があるのですが、
時間と共に、志向が脱線気味になってるのもあります。
最近は、対バンとかの機会があると、
皆アルバムの価格が安いんですよね。500YENとか?
もまゆきゅの1stは、2000YENとかにしちゃったのにさ、
やっぱり高いよな…。
例えば中古のチェーン店だと、250円を更に半額にしちゃってたり、
それで、信じ難い傑作が山程あるのにね。
もまゆきゅももう少し手軽な内容で、
他のバンドと同じくらいに出来たらな…、と想うんです。
5曲くらいと、何か特殊な音源を入れてみたりして。

さて、本日のBGMとどんな関係があるんだろ。
彼女ね、jemさんの1stです。
音の作りも低予算感が溢れてるんですが、
アイデアがとても感覚的で、暗くて、
しかもトラック・メイカー気質が感じられて、いい。
お金注ぎ込まなくても、こんなにかっこいいものが作れるんだよね。

聴いてると、こっちまで女の子になっちゃいそうだ。
↑どんな喩えだ…。

# by momayucue | 2012-03-17 15:41 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

Navy Brown Blues/モッキー


スナフキンに似てるらしい、たにぴ@もまゆきゅです。
あの意地悪な感じとか、達観とか、名言の連発とか、
とてもおよばないのですが、何か悪い気はしないですね。
社会不適合者。しかし、社会適合者の方が、余程非人間的だし、何処か病的だ。
間違っていてもただ顔を上げて毅然としていることは、
本当に、ほんとうに、難しく、
スナフキンだって現代社会にいたらスポイルされるでしょう。
あ、ぼくはひとつだけ彼に匹敵することが。
「孤独」が必要だという点です。

えーと、どんどん話がスナフキン化していきますが、
今日のBGMは、mocky です。
タイトルの"Navy Brown Blues"って、いったい何なんだ。
海軍と、茶色と、ブルース。
うーむ。ボリス・ヴィアンの「北京の秋」みたいなもんかしら。
地味な人なんだけど、ずっと気になってるんです。
ぼくがもしも独りっきりで音楽をやってたら、こんな感じになっちゃったかも。
これはこれで、やりたいかも。

では、Mockyは幸せ?ふふふ、わからん。

# by momayucue | 2012-03-14 22:00 | つれづれ | Trackback | Comments(0)

Live at Rocco/ピーター・アースキン アラン・パスクア デイブ・カーペンター


ブランドじゃないけど、手堅いミュージシャンに偏る、たにぴ@もまゆきゅです。

Peter Erskine はまあ有名だし、実際素晴らしいドラマーですが、
Alan Pasqua? Dave Carpenter?
うーむ、知らない。このトリオなの?
と想うでしょ。
ところが、これが素晴らしいのよ。
これ、ライヴですよ。ソロが終わると拍手が起こる。
もう"Waltz for Debby"とは全然違う静けさ。
しかし、音って不思議だと想う。
こんなに静かでも、お客さんがじっと聴いてるのが解る。
感じる。
それも、緊張じゃなくて、リラックスして、リスペクトして、和んでる。
アースキンも凄いし、ピアノのアランがまたいい。アップライトベースもいい。
皆エレガント。

いったいなんでこんないい音楽があるんだろう。
もうこれでいいじゃん、とか想い、…ませんよ勿論。

# by momayucue | 2012-03-12 23:45 | つれづれ | Trackback | Comments(2)

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