小理屈「いやカタいのなんの」

感動する音楽の、感動装置

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曲を聴いて感動するって、普通のことですね。
ところでその感動ってのはどんなメカニズム…、いや、メカニズムと迄行かなくても、曲の何に感動しているんでしょう。

リスナーへの調査等があると面白いのですが、残念ながら今回はそういったユニークな引き出しは無いんです。ただ、今日の屁理屈の叩き台は、ネットでも活字でもいいのですが、音楽を語る、評する言葉の殆どは、音楽の「言語性」について語っていると私は想っています。ビル・フラナガンのロック・ミュージシャンへのインタビューから、小林秀雄のモーツァルト論まで、どれもこれもが、音楽の、歌詞や、文学性について評している。

音楽を聴いて、泣く。私もしょっちゅうです。


小田和正さんが、
「たいしたこと無い曲に、素晴らしい歌詞がついて名曲になることはよくあるけれど、そうでもない歌詞にどんな素敵なメロディーがついても、名曲にはならない」
と、自らがホスト役になったTVシリーズで発言していました。では、ではでは、外国語の曲は?その場合の「素晴らしい歌詞」とは何でしょう。意味も全く解らないのに感動する曲とは何?
言語には、発音自体の持つ面白さや、韻律といった音楽的な面白さが沢山あり、また不思議なもので、例えば私はポルトガル語は全く解らないのに、ポルトガル語で歌われる音楽が物凄く好きです。文字による、意味や物語による感動は説明が容易ですし、音楽作品の文学的楽しみもあるでしょう。しかし客観的に考えたら、音楽の本質は、私は寧ろ歌詞にない。クラシックも、JAZZも、前衛的な音楽も、そして、外国語の音楽も、それぞれの特性を持って演奏されているだけ。
d0041508_0103194.pngただ、比較的国等の属性に依らない音楽の音楽的特徴があります。ストーリー、物語です。前半から徐々に盛り上げていって、フックを挟んで最期にサビと言った構成。そもそもこの構成というのが非常に文学的です。起承転結だったり、倒置法だったり。何しろ、物語ってくらいですからね。
時間軸に乗って何かの説明をしていくというのは、多くの音楽に共通しています。現代音楽や、極端な様式の古典音楽には、その時間軸を脱構築していくものもありますが、時間と全く無縁というものではない。時間イコール物語とも言えます。そこに着目するのは当然としても、音楽評や、所謂音楽での感動とは、文学的感動、もっとありていに言ってしまうと、言語的感動です。ある感動的な言葉があって、それを強調する為、それを飾る為、盛り上げる為の演出に感動している。
「辛い時にこの歌を聴いて、もう一度頑張ろうと想った」
というパターン。
たとえ言葉が理解出来なくても、例えばTom Waitsの様な声は、抒情性を色濃くまとっている。あの濁声に、可憐な女学生の佇まいを連想はしない(する?)。その他にも、徹底的に悲しませる為の鳴きのバイオリンだとか、ある訳です。
しかしその際、ある種の設定を演じたりそのものになっていたりするのを聴く人間が感じ取ると、音楽は突然、気晴らしの道具ではなく、説得のツールになっていく。

スティーヴィー・ワンダーの"Natural Wonder"というライヴ盤があります。私はこのツアーの東京公演に行きました。本当に圧倒された。既に彼の新譜は滞りがちな時期でしたし、もうStevieのやることなすこと皆最先端みたいな、所謂ピークは過ぎていた、と私も想っていた。しかし彼のバンドの演奏は、物凄かった。うまくて、まとまりながらもその場で新たに誕生し、飽きるなんてことを本人達が忘れてるかの様なコンサートでした。おそらくそ
こには、メッセージも斬新さも攻撃性も無い。ただ巧いってヤツが、どれ程感動的だったか。私と、同行した友人は、実は当時いささか重苦しい事件を抱え、しかも生意気にも、
「もう今更スティーヴィーでもないよな…」
などと言いながら武道館に向かいました。しかし、結局「言葉」が出なかった。素晴らしい…としか形容出来ず、2人ともすっかり元気になって意気揚々で帰ったのです。

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私見ですが、あらゆるアートの形式の中で、文学は最も権力闘争に近い。或る文学や、或る文学の解釈を廻っての文芸評論の自由に係った、闘争や、戦争そのものは、歴史上全く枚挙にいとま無しです。音楽は、もう少し抽象的ですし、場合によっては気晴らしだったり、更には全く別な目的を架せられたりする。マーラーの音楽がコッポラの映画で使われた様な、戦争の衝動を煽る様な。そして、音楽で語るというのは、むしろそういう風に使えるところ。「気晴らし」や「攻撃性」の音楽言語は、所謂言語よりも遥かに共通言語でパワフルです。そう言った意味で常々私は、インストルメンタルや、言葉で説得しない音楽がどれ程本質的かを訴求しています。
一方で、長い距離を走ったりする時に頭の中で勝手にサイモン&ガーファンクルの、"The Only Living Boy in New York"が流れたりします。まさに文学的。そう、何しろ歌詞の恐ろしいところは、思想や生活に直結してしまう点です。意味が解った時点で、名曲が台無しになる。先出の小田さんが言っていたのは、まさにこのことだったのでしょう。

さだまさしさんが音楽を表現方法に選んだのは、5分程度の物語を伝えるのに最適だったからだそうです。
「この時間でしか伝えられないドラマがあるんです」
本当は音楽が出来るから5分のストーリーを選んだのか、どっちが先なのかはなかなか判らないけれど、音楽が文学のパーツとして機能するのも、必然性もあるしとても素敵なことではあります。映画も、漫画も、文学からスタイルを学んだり取り入れたり出来る。私には想像もつかないけれど、もしかすると、ダンスでさえ、文学になり得るのかも知れない。それぞれのジャンルは勿論固有の感動もありつつ、時には猥雑に、時にはスケベに、時には誇り高く、行き詰るなんて考えもしないで(あの日のスティーヴィーの様に)、何処までも増幅していったらいいな。


ただ、歌モノにどうも多い気がするのです。
語るまでもない様なメッセージ風味を取り入れたお手軽な説法になってしまうのが…。

私の老化現象かも知れない…、と危惧もしつつ、今日はこの辺で。
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Commented by ゆーこ@もまゆきゅ at 2012-02-08 01:09 x
こらー
人の描いた絵を使うなら
ちゃんとことわりとか名前くらい入れなさいよ!!

ということで、ここに入ってる絵は
私が落書きでネットにあげてるものです
Commented by momayucue at 2012-02-09 01:33
ごごごごごめんなさい!
でもさあ、素敵な絵だす。
Commented by kozo at 2012-02-09 13:47 x
落書きに感動した・・・

ところで、ゴンはなに背負ってるの?
Commented by momayucue at 2012-02-10 01:25
文章も力作だったのに、絵に完全に食われてます。
Commented by ゆーこ@もまゆきゅ at 2012-02-10 21:55 x
ゴンはこん棒を持ってるような気が・・・
なんせ落書きだからあんまり考えてません

ってかゴンって分かってもらえてうれしい(笑
by momayucue | 2012-02-08 00:10 | 小理屈「いやカタいのなんの」 | Comments(5)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


by momayucue
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