DANE DONOHUE
デイン・ドナヒュー
彼の唯一のリーダー・アルバム。このジャンルのファンにはお馴染みながら、例えばボズ・スキャッグスやボビー・コールドウェルの様なスターでも、スティーリー・ダンの様なシーンの顔でも無いけれど、一度聴いたら確実に納得出来る、「わかってらっしゃる」というAOR。
1978年、AORの手法がほぼ確立した時期に、ひっそりとリリースされています。
自作自演だがかなりプロデュースのテレンス・ボイラン色が濃く、AOR群の中でも比較的男性的。Maj7thを核とせず、6度9度の硬質に洗練されたハーモニーと、キメのフレーズの多用と、基本的にダブリングをかけたヴォーカル。これらが、タフでもクールでもないが、痩せ我慢せずにいられない(勿論、モテない)男の琴線をくすぐる。
多く語られるのが、ジャケット。
走り去るイブニング・ドレスの後ろ姿。煙草に火をつける男の、見上げる様。暗いという意見、キマッてるという意見、諸々見たことがあるが、私には彼がモテるとは想えない。金澤寿和さんというAORのライターはこのジャケに、
「ナニ笑ってんだよ…」
という名台詞をつけていた。たにふじも、同意。情けない正義感の探偵みたいなキャラ。
このアルバム、まあ見事に洗練された楽曲と洗練されたアレンジと演奏、しかし明るく爽やかなチューンは無く、大ヒットは難しい。何しろ硬質なのです。うちのバンマスや、今や川崎ハロウィンでフランクを務める友人(…フランクの話はこれとは関係なかった…)が、
「イーグルスみたい」
と感想を述べてくれました。ホテル・カリフォルニア以外イーグルスに左程知識も無い私にはその感想の真偽は言えませんが、カントリーの風情はこちらからは感じられないです。何しろルーズにコードを鳴らすというのが皆無。複雑に複雑に各楽器のキメが交錯し、そのタイトさを活かす為にエコー感も抑えに抑えている。実に渋い。
デイン氏がどんな人物だったのか、検索しても書物をあたっても、殆ど情報が出てきません。謎の変人とかではないのですが、あまり活動している節が無いのです。ではいったいどうして、これだけの布陣を構えたパーフェクトなアルバムをものすることが出来たんだろう。ふっと現れて、レコーディングして、そして消えた?
ひとつには、やはり時代がそうだった、チャンスに溢れ、同じだけ挫折も数多くあったのでしょう。もう少し緩い同傾向の一発屋の山…。
何処かにはミュージカル『ジーザス・クライスト・スーパースター』に出演したともあったのですが、全く別のバイオグフィーにはなんと、
「このアルバムからバーティ・ヒギンズが『カサブランカ』をカヴァーしヒット…」
なんて信じられないデマも在ります(ご丁寧に「あまりにも有名なエピソード」と書いてたりして)。聴けば判る、別な曲。タイトル以外に共通点はありません。そういう意味で、結局謎が多い。ほんとはどうなのよ。
果たしてこのデビュー盤のあと、どうしたんだろう。
何しろ硬質で渋い、たにふじ好みな音楽。1948年生まれとのことで、今ではそれなりの年齢にもなっているでしょうし、なかなかこのクオリティを再現するのは(大概がそうな様に)困難なのだと推します。それでも、先出の金澤氏の熱意ある掘り起しのおかげで、日本にはこの時期のAORをコレクトする層がちゃんといます。ましてやこのアルバムはヤロー受けする大傑作。もしも渋るデイン氏を発見したじゃぱぁーんのプロモーターが、35年振りの新作と来日コンサートに漕ぎ着けたら、私だって嬉しいさそりゃ。
ただ、作風から言って相当なバンド・リハーサルを要するでしょうし、写真にある様なアコギの弾き語りではなかなか再現出来ない世界観ですし、更には社会不安に立ち向かわざるを得ないこんにちでは、いやそうでなくとも必要とされるのはもっとアツいスピリットのもの。だからこそ、78年に人知れず生まれた彼のデビュー盤にして最新盤を、必要としている層代表としてたにふじは、ここに若干の熱量を込めて推するのであります。
ぜひ、聴いてみて下さい。