N.Y.での一寸泣かせる話シリーズ

マチコさん

久々に、N.Y.でのことを書こうと想います。

たった独りで、住み始めたものの何をしていけばいいのか…。
漂流という言葉がまさしくふさわしい、でもそんなにカッコいい響きなわけはない。
それでも少しずつ、恐怖も克服し、この街に馴染んでいく。しかし、働くという事はなかなかうまくいかなかった。ビザが学生用のもので、しかも英語はろくすっぽ通じないし、友人知人家族がいない。広告で仕事を捜すけれど、ワーキングビザが無い以上、もぐりになるしかなくて、幾つも電話をしては断られた。だいたい電話するのに
勇気がいったものね。
金田一耕介は設定によると、皿洗いをしながらアメリカを放浪したことになってる。宇多田ヒカルは、ベビーシッターをしたらしい。よくあるアメリカのバイト辞典というものが、ほら吹き漫画家のとり・みきさんによって編纂されていて、そこには、こうある。
「アメリカ放浪の際には、皿洗い、子守り、デリバリー、ウェイターをしなくてはならない」

トム・クルーズが瓶を振り回すバーではなく、ぼくを雇ってくれたのは、着飾ったホステスさんが常客を接待する、クラブだった。今時のクラブ(語尾上げ)ではない、クラブ(だんだん下がる)の方。
「社長、私も一杯頂いて宜しいですか?レミーマルタン」
の方の、N.Y.の、しかもアンダーグラウンド版。そこでぼくは、お客さまのドリンクを伺い、カクテルを作って出す。3〜40分経ったら、フルーツを切って盛り付け、オードブルですとかなんとか言って、出す。難しい事言われたら、困る。その、困る姿が金持ち達にはエキゾチックなわけです。
黒の蝶ネクタイ。黒い革靴。黒いベスト。トレーを5指で支えて、夜明け近く迄、
「ぐっどいぶにん、さぁー」
なんてやってました。フルーツの切り方は、厨房にいた日本人に教わりました。
フロアマネージャーのジョーが、DJを…と言うか単に音楽をかけてました。
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時々、スケベな客…お得意様とホステスさんがダンスをする為に、ディスコっぽい曲を3曲位かけて、3曲目はチークタイムにするというお約束になってた。
ある夜、ジョーがいないのでぼくがDJブースに入り、ライブラリーにあるレコードを適当にかけることに。少し前に、コロンビア大学で知り合った日本人の助手に連れられて、"Stop Making Sence"というコンサート映画を観以来、ぼくは打ちのめされてたので、いきなり、" Psycho Killer"をかけたんですね。そしたら、店内にしら〜っとした雰囲気が。そりゃもうクラブの雰囲気台無しだ、と当時よく判ってなかった。
そこで、勇気あるホステスさんの一人が(殆どホステスさん達とぼくが話をすることは無かった)、DJブースに入って来て、こう言いました。
「モット、踊レル曲ヲカケテ!」
キョトンとしたぼくに彼女は、ダンス!と踊る身振り付きで説明しようとしてた。なるほど〜、今イチコンテンポラリーなブラコンじゃないもんな、と彼女の言うことを聞いて、ぼくは、ルーサー・ヴァンドロスに変えたんです。

その日から彼女は時折り、そのガラス張りのDJブースに、ジョーがいない夜のぼくの当番に、きゃっきゃと入って来ました。物凄い胸の谷間を上から下まで見せながら。せくすぃ〜、いやぁん。眼のやり場に困るどころか、クギヅケです。
名前は、マチコ。見た目全然そうとは判らなかったけど、彼女はお母様が日本人だった。しかし、東洋風な雰囲気はあまり滲んでなくて、純粋にグラマーな黒人の美女。今想い出してもハル・ベリーに匹敵するくらい。しかし、日本人の血が入ってるのよ、とマチコさんが自ら言ってたのに、日本語は全く解らない。
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ぼくは当時、どっちかと言うとコンサバものは好きじゃなくて、ニューウェイブが入ってたりばかりを好んで聴いてたけれど、David Bowieは全方位をカヴァーしてて、これをかけるとマチコさんもご機嫌だった。日本人の血が入ってるからなのか、何かとぼくに近寄ってきた。でもコミュニケーションが成立する程の英語は喋れない
ので、いったいぼくとマチコさんは何をやってんだかさっぱりわからない。ただひとつ、その魅力的なコに、ぼくは圧倒されてもう妄想なんてちらとも浮かばなかったよ。

でも、何度かお店で、ぼくは彼女に助けてもらったことがある。

何しろ、英語出来ないのにお客さまのオーダーを受ける訳でしょう。間違えたり、聞き取れなくて何度も尋ねてしまったりして、怒られたり、気まずい雰囲気になってしまう。マネージャーのジョーも時々助けてくれたけど、またユーイチか…と呆れる事も多い。
そんな時に、マチコさんはよそのテーブルにいても、立ち尽くすトーヨージンに近付き、
「アラ、君、エート、ナンテ名前ダッタッケ?」
と質問。ぼくはキョトンのまま、
「ゆーいちデス」
そこで彼女はこう続ける。
「ゆーいちクンネ。彼ハ新シクオ店ニハイッタノ。ヨロシクネ」
とフォローしてくれてた。そんなこんなでお客さまも新人のお目こぼしをしてくれる。

ホステスさん達がやがてオーナーに反発して、ジョーと一緒に店を飛び出す、その少し前にぼくは、麻薬とかに関わりそうになって、危険だなと辞めてました。当時、ワーキングビザが無い日本人は、そう例えばその店の厨房みたいなところに、沢山いた。麻薬で日本に帰れなくなったような、孤独な連中が。

真冬のある日、グリニッチ・ヴィレッジの辺りを歩いてたら、普段着のマチコさんが、フリーマーケットで本を売っているところに遭遇しました。あのゴージャスなマチコは、カジュアルで陽気なシスターだった。逢えてうれしかった。
彼女が出してた本の中に、グレン・グールドの評伝が混じっていて(いや、ジョン・ケージだったかな。想い出せない。捜せばまだ出てくるかも)、しかもそれは日本語だったので、ぼくはそれを買って、手を振って別れました。確かにマチコさんは日本語はわからなかったけど、日本語のグールドの本が家にある環境だったんだな。それなら、アース・ウィンド&ファイアとかばかりでなく、Ryuichi Sakamotoも聴いてみたらよかったのに。

でも、その後彼女に逢うことはなかった。
電話番号もアドレスも何も知らないまま。

ぼくはどっちかと言ったら、ゴージャスよりも、カジュアルなマチコさんとダンスしたかったな。

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by momayucue | 2013-06-15 18:30 | N.Y.での一寸泣かせる話シリーズ | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


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