もーしょんぴくちゃー

「サウンド・オブ・ノイズ」の文化とは

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たにふじは、ギターを弾き始めたのは10歳位で、でも完全に独学というか、まあフォークみたいなお手本しかない子供でした。

そんななので、どんな楽器も、アカデミックに入ることはありませんでした。なんとなく、これでもいけるかなとか模索して、楽譜も接して(マスターしたとは言えない)、聴く事にも、参加することにも接してきたんです。12歳くらいから、そこいらのものを掌や指先でコツコツ叩いてリズムを作ってた。高校でドラムを始めることに。或る日、基本的な8ビートの叩き方を教わって、ビートルズのLet it Beを叩いたんです。その後めっちゃ興味を持って、16ビートの基本構造やら、バリエーションやらを聴いて学んで、自分でも考えてみる。そこからドラムとベースのコンビネーションがどれ程重要かも、解っていく。アレンジ気質ですね。打楽器のもたらす興奮というのが、何か非常に暴力的で、特別で、危険なものだと知るわけです。とは言え、原則的にぼくは作家主義というか、楽曲のサウンドコンセプトに関心が高く、極論すれば、打込みによる再現でもその曲がいいかどうかわかる自分でありたい、ということでした。だから、一流の演奏者がプレイしてしまえばどんなものでもいい音楽になるみたいなのは、納得出来ない。コンセプトと、化学変化。どんなプレイヤーでも、その曲が詰まらないものなら、損した気持ちになる。

前置きでした。
サウンド・オブ・ノイズ。スウェーデンの映画。
ヨハネス・シェルネ・ニルソン監督。
6人のドラマーが、音楽テロをやらかす。それを阻止する警察。音楽テロ?なんじゃそれは。様々な所へ顔を隠して押し入り、その場にあるものを楽器にして、叩いたり擦ったりと演奏する。この時点で、ぼくには2つ、ツライことがあるんです。
ひとつ。顔こそかくしてないけれど、ぼくは日常的に、何か叩いたりしてリズムを作ってる。どうかすると息の音だけで作曲してたりするんです。つまりね、このテロにあまり新鮮味が感じられない(^^;
もうひとつ。ぼくは音楽と関わる上で、非常に奇妙な癖があります。ドラムが鳴っている時にはその曲ではベースも鳴ってないとどうも居心地が悪い。シンセとかではだめで、弦のついたベースじゃないと落ち着かない。
この癖は、厳密なもので、低音をずっと出していなくてもいいし、楽曲の全篇でドラムと対をなしてなくてもいい、只々、ないといかんのです。こんな癖を持ってる人は、ターミナルズの広瀬さんくらいでした(因みに誕生日が同じ)。
ベースが無くて大丈夫だったのは、ユッスー・ウンドゥールと、プリンスと、あとは…あんまり浮かばない。YMOでさえ、生ドラムだったらベース弾いて欲しいなあと想うもん。
その辺は兎も角として、彼等は、病院に、銀行に、その他諸々に、いきなり押し入り、演奏を始める。拳銃も持ってないのにマスクしてるだけで蹂躙される人々。勝手に、何が怖いのかわけわからず、パニックになる。しかし何故か、映画の後半、最終楽章の頃になると、いっちばん迷惑なことやってるのに、どうやら市民はそれを愉し
んでる。
さて、一応テロだし、警察が取り締まるというか、追いかける。担当の刑事は音楽が嫌いなアマデウスさん。ぷぷっ。彼は音楽一家に生まれ、そんな名前を付けられたが全く期待に応えられず、刑事になった。それでも何故かこの悪ふざけな奴等の意図を真っ先に理解する。あいつらは演奏したんだ!くそっ、なんてテロリストだ!
捜査の過程で、この映画の中で唯一示唆的な事象が現れる。アマデウスは、テロリストが演奏した、楽器にさせられたものの発する音が聞こえなくなる。アマデウスにはつまり、自分が観念的に音楽と認識出来ないものは聴こえるが、音楽に分類されたものが、聴こえない。音楽は、静寂であり、安らぎである。静寂をどう捉えるかが難しいところで、アマデウスには音楽が内的静寂でもあるんですね。彼にはヨーロッパの伝統音楽としてのクラシックの素養はなかったけれど、コンセプチュアルな音楽を素直に受け止める素養があった。
その静寂は、一般にとっては音楽的快楽ではないけれど、アマデウスにとっては逆。音楽的快楽は、自分の心の中に静寂をもたらす。ばかりか、聴こえないっちゅう…。
あまり解釈してもしょうがないですね。要するに、「サウンド・オブ・ノイズ」は、バカ映画です。観終わって何でもいいからビートを刻みたくなるなら、それでOKな映画。
ただ、問われることがひとつ。音楽をどう愉しむかと、どう愉しまないか。

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民謡は、日本でもヨーロッパでもアフリカでも、何となく歌い出すという成り立ちだけれど、もう少し進むと、楽器が伴奏としてくっついてきて、やがて楽器にうまい下手が出て、辻に立って演奏する吟遊詩人が登場する。評価が投げ銭になる。教会や王朝が音楽を求め、パトロン制度になり、アカデミズムも生まれる。権威が出てくるわけですな。
敢えて頑張って解釈するなら、テロリストの首謀者の女性は、音楽の権威と既成概念を壊そうとしているんだけど、それにしちゃ、水の音楽を指揮するし、五線紙を用いるし、スクエアな印象もある。では自分なら…そう考えると、止まらないよねこういうのは。例えばパシフィック・リムみたいなのは、自分で発想出来ないなとは想うけど、サウンド・オブ・ノイズ」の企画なら、あれもやりたい、これもやりたいとか幾らでも想いつけそう。
列挙しちゃおうかな。
1、通りすがりの人が、ハモニカとかで参加してしまう。
2、カメオで沢山のミュージシャンが出演しそう(カトちゃんとか)。
3、Fameのパロディ場面。
4、ドアの開け閉めでオーケストラ・ヒット。
5、エンドロールで、メイキング映像(ラストの高圧線の演奏は、おそらくピアノの
中に頭突っ込んではじいてるのではないか、とか)。
6、自動演奏の要素も加える。出来ればスウェーデンなんだから、teenage electronic社の op-1とかカッコいい。

どちらかというと、くすくす笑うカンジの上品な映画なんだけど、この素材を使ってハリウッドでも東京でも面白いものが作れるし、それぞれの個性が出ていい作品になると想われます。爆笑に持ってく国と、ホラーで終わらせる国と、妙に官能的にしちゃう国と…。
あなたなら、どれにしますか?


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by momayucue | 2013-08-13 22:54 | もーしょんぴくちゃー | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


by momayucue
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