JAZZの学校に行ってた過去がある、たにぴ@もまゆきゅです。
ぼくがJAZZの学校に行くことを決めたのは、
幾つかの単純な理由があって。
まず、音楽に関する基礎教養が全く無かったので、
楽譜や、コードや、スコアがすいすい書けるようになりたかった。
子供の頃からクラシックピアノをやってたとか、
そういう体験は全然無くて、
何とか少しでも楽譜を読めたのは(読んでるうちにはいらないけど)、
中学生の頃、作曲した作品を書き留めないといけないのに、
楽器でひとつひとつ音を拾って書くのはしんどくて、
明星とか平凡とかについてる付録の歌本で、
曲を知らないけれど、楽譜がついてるので音階を拾って、
相対でドから上がって行って…ここ…という風にメロディを探って、
徐々にスピードを上げていったから。
ある日、一生懸命楽譜で歌っていたら、
ぼくの知らないその曲を学校の友達が言い当てた。その時は嬉しかったな。
さて話を戻して、次の理由。
楽器を弾くということと、楽譜に適応するというのは、
取り敢えずは地道な努力で何とかなるだろうと想ったんです。が、
「ジャズっぽい演奏や、作品を作る」
というのは、どうやら何かジャズ理論というものがあるらしい。
なら勉強しないと。ということ。
そして決定的だったのは、「遊んでいられなくなった」こと。
フリーターも、人材派遣も、当時無かったから、
バイトだけしてても無言のプレッシャーも感じたし、自分が凹んだ。
学校行ってるという体裁を繕うのがあった。
結局、学校に行って良い曲が作れるようになる訳じゃなくて、
兎に角、絞ったり捻ったり笑ったり狂ったりしながら考えるしかなかったんだけど。
凄い長大な前置きですが、JAZZ学校で、濱瀬元彦さんと逢いました。
少し怖くて、でもまあ優しくて、もう話にならないくらいうまかった。ベーシスト。
濱瀬さんは暫く、音楽の世界から名前が消えてた。
いや実は自分の学校を作ってたんだけどね、
そんな中、菊池成孔さんの周辺から、ぼくにしてみれば突然復活した。
まあ実にとんでもない音楽、なんちゅうかね、喧嘩腰みたいなアンサンブルを提示し
た。
それがこの、小難しいタイトルのアルバム。
この凄さは、リアル・マトリックス。
それも、動きながら高速で思考もしている感覚。
大概のものがかったるくきこえる程。
スクエア・プッシャーなら、部分的には追い付くかも。
人が全てをやりきってる点が、もう走るというよりも飛ぶとか落っこちるとかの速度。
ぼくは、濱瀬さんと問題を共有するつもりはないから、
かったるい大概のものをちゃんと愛していくし、作っていくけれど、
やっぱりこれはひとつの極北として、すんばらしい!と言わせてもらうぜ。
菊地さんも、凄いよまじ。