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コラテラル、巻き添え/マイケル・マン監督の満ち足りたライン

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コラテラル・ダメージという映画がありました。これは、アーノルド・シュワルツェネッガー主演で、観てません。
同時期にだと想うんだけど、「コラテラル」という映画がありました。原題はしょうがないけれど、日本で公開する時には、「巻き添え」というタイトルに訳してしまえば良かったのに、と想います。

美しくて、設定に難癖をつけてみてもこのメタファーだらけの寓話にはあまり意味がない。無理があってもこの物語はそれを必要としているし、昇華している。

主演は、ジェイミー・フォックス。華奢な市民の役も、インテリ大統領の役も、モハメド・アリの役も、レイ・チャールズの役もこなす、充分に名優の資格がある黒人俳優。デンゼル・ワシントンも、モーガン・フリーマンも、最早重厚な役しか難しいでしょう(機会が無いだけかも知れないけどね)、しかしジェイミーは、成長過程の男も、おっちょこちょいな役柄も、きっと出来る年齢だ。しかも、正統派R&Bシンガーでもあって、そちらもかなりかっこいいのよ。この映画ではオスカーにノミネートされました。でも何故に助演男優賞?これ、主人公だよね?
対するは、トム・クルーズ。常にゴシップを提供しつつも、完璧なヒーローから悩める青年からSFアクションスターから、最期の侍からドラキュラ…と、これ程多様な役で、全てに期待以上の仕事を続ける主演俳優もいないんじゃないか。もしかしたらある作品はブラッド・ピットが、ある作品はジョニー・デップが、やってもよかったかも知れない。しかし、トム・クルーズの成果というのは、一寸異常というか…、ハリウッドも頼り過ぎなんじゃないか?と想わないでもないです。ハリソン・フォードは、俳優を自分の天職と解釈し、言わば割り切っている。自分の仕事は、大作に出て主演をやり、作品の質を上げて、今日もいい仕事をした、と言いながら家に帰ることだと答えたインタビューがあり、寧ろ演技でないインタビュー等の場面では伏せた方がいいような本音に、ぼくは却って尊敬出来たものです。これは、ブルース・ウィリスの、ヒットしようがしまいが、端役だろうが、これはよい作品になると感じたらやる!という俳優らしいエゴとは正反対。どちらも潔いとは想うけれどね。トム・クルーズは、人物のゴシップにおけるびっくりするような軽っちさに比べ、作品の中核で成功をもたらす意味では、丁度両者の中間に位置する。インタビュー・ウィズ・ヴァンパイヤでは吸血鬼を演じたように、「巻き添え」では、悪を悪とも想わない殺し屋を演じる。

そんな訳で、この映画をここでは、「巻き添え」と呼ばせて貰うことにします。すみません関係各位。

殺し屋が、タクシーに乗る。一夜で5人の人間を暗殺する為に。タクシーのドライバーは、凡庸な市民。時折殺人の現場などを挟みながら、全編の凡そ半分でタクシーを舞台装置にした密室劇は進んでいく。何故、殺しを職業にしたのか。何故、しがない運ちゃんの日常を抜け出そうと想いながら行動しないのか。殺し屋が完璧主義なのかどうかとかより、彼は「殺し」を自分の役割だと1ミリも疑わない。恐らく同じように、運転手を、運転手のままがお前なのだよと疑わない。彼等のこれまでの人生の属性が、息苦しい密室で影響しあい、侵食しあい、生死を賭けた論争と逃走と追跡になっていく。

殺し屋と言っても、ゴルゴ13のようにどんな獲物でもどんな距離でもどんな警備でも仕留めるのは、トム・クルーズだけにインポッシブルなミッションでしょう。この映画での殺し屋は、淡々と、可能なことを現実的に実行するタイプ。もしも完璧な設定を求めるのなら、殺し屋は地味な車を奪って自分で運転し、目立たない一寸した通路で静かに射殺し、終わったらその場を、その街を、離れるだろう。しかしそれは、この作品に必要ない。ゴルゴ13の忠実な映画化なんて、そのままなら10分で終わるものね。
タクシーの運転手は、巻き添えを食った。それだけ。こういう場合後々に実は全てが必然だった、みたいに主人公の因果があったりするでしょう。ないです。彼は、等身大の夢を持った、等身大にもなれない運ちゃんで、偶然この客を乗せた。まあ多少腕を買われたのだけれど、取り得とも言えない取り得だった。

車の中で、人は、込み入った自己との対面を告白してしまうものらしい。
殺し屋は自然災害のように訪れ、運転手を巻き込んで仕事を片付けるだけではなかった。運転手に告白させ、否定し、否応なく更なる告白を続けさせる。要求はしてないにしても、この映画は運転手の物語なんだから。俺は殺しが仕事だ。お前は、自分で何を想っていようと、今運転手で、それ以上にはならないよ…。心理戦にもならない心理戦。しかし、圧倒的な勝ちを収める筈だった殺し屋は、意外にてこずり出す。運転手は、殺し屋をてこずらせていることすら知らずに、怯えながら運転を続け、会話を交わす。

殺し屋が、ルトガー・ハウアーだったらどうだろう。運転手がハリソン・フォードだったらどうだろう。自己の属性がぐらぐらとするあの「ブレード・ランナー」の小市民現代人バージョンとして、批評的側面も出来たかも知れない。ただ重厚過ぎてこのサイズにそぐわない。逆に考えると、トム・クルーズは災難そのものみたいなこの役を演じ切った、しかもやり過ぎず。ジェイミー・フォックスも、まるで主人公じゃないみたいなところまでパーフェクトに適合している。ロスの街の美しさ。孤独な雰囲気。ジェームス・ニュートン・ハワードの音楽の凄さ。これらは皆、作品に奉仕している。ホラーにもSFにもならず。ほぼ2時間分の、…多少劇中の時間の方が長いかな…、それでも時間軸上に沿った、一夜の出来事。いきなり数年後とかなく、夜が明けて、静かにちゃんと終わる。「セブン」のように、その前例の無い異様なトーン様々なカルト的解釈を愉しみ尽くすファンは、残念ながら…なのかどうかわからないけれど、この作品にはいないようです。しかし。若い監督ではないマイケル・マンにとって、別に何かと比較しようとも想わない程、これは、意図通りに出来た映画だったのでは。
映画的ハード・ボイルドが満ちた(決め台詞も多いしね)、実に実に美しい、光と音とリズムと寓意の作品です。


さて、軽いジョークを。

英会話の教室で、おじさんが若い女性教師に、自分にとって、何か重要なものだという事を言わんとして、
「インポテンツ!インポテンツ!」
と繰り返してました。その場にいたぼくは、インポータントという単語をさり気無く折り込み、彼に気付かせようとしたのですが、彼は上記の単語を連呼。その時女性教師の様子を伺うと、彼女は眉ひとつ動かさず、彼の意図を理解し、且つ指摘したらその単語がどういう意味かを全員が共有する空気になるので、敢えてやり過ごしていたのです。実に大変な精神労働。ミッション・インポッシブル〜不可能な仕事だ。
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Commented by kozo at 2014-03-02 18:47 x
この二人に対するたにぴさんの考察、さすがです。

ジェイミー・フォックスは『ジャンゴ 繋がざる者』のジャンゴ。
トム・クルーズは『ロック・オブ・エイジス』のカリスマロックスター。
それぞれの最近の仕事も印象強いです。

『巻き添え』、いい作品だと思うけど意外と認められてないよね。
Commented by momayucue at 2014-03-03 01:04
こういう映画、DIVAとかもそうだけど、低予算でも出来るでしよう。
日本でも作って欲しいですよね。
by momayucue | 2014-02-27 18:15 | もーしょんぴくちゃー | Comments(2)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


by momayucue
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