つれづれ

Quelqu'un m'a dit(風のうわさ)/カーラ・ブルーニ

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フランスに憧れがない、たにぴ@もまゆきゅです。

昔は、フランスの田舎とかでITで暮らすのがおつかなと想ってた。
でも最近は、もう少しヨーロッパの中で視野が広がって、
北欧、出来ればスウェーデンとかフィンランドは、
寒いのに異常にポップで、
変に特権的なプライドも無くていいかも、なあんて想います。
家具の色彩とか、もうトロピカル!なレベルなんです。

イタリア生まれのCarla Bruniは、
この1stアルバムの頃は、一般セレブでした。
つまり、美人でモデルでインテリで音楽もやって、という。
ところが今では、その一般が取れて、スーパーセレブになってます。
フランスの当時の首相と結婚し、ある意味世界が狭くならざるを得ない。
だって、常にSPと政治パパラッチに追われてるわけだし、
一寸したやんちゃも大騒ぎになるもの。
もしかすると、ラーメン食ったぐらいで大騒ぎかも。

仏蘭西のアートや文化の困ったところがあって、
…いや、困ってるのはぼくだけかも知れないけれど、
独特の知性至上主義を感じます。
ゲインズブールとか、ボリス・ヴィアンとか、要するに数学的科学的なエキスパート
ではなく、
パリ的なエスプリさえ身についていたら、何も怖くない。
傍から見てると、もはや図々しいの領域なんて想うのは、
北海道出身のわたしのひがみかしら。

カーラ・ブルーニの音楽にしても、
ギターをつま弾いて、フォーク的なシャンソンを歌うだけ。
えてして仏人のシンガーはピッチが少しシャープ気味。
彼女もそう。発声を雰囲気で乗り切る。

問題は、ここから先。
ジェーン・バーキンも、シャーロットもジャック・デリダに至る迄(ほんとか?)、
ひたすらセンスと生き方に自身を持ってるけれど、
その姿が、個性的で美しい。
喩えばぼくは、ギターの専門家であろうとして運指やリズムに工夫をして、
16ビートのギャロッピングでフリーな演奏スタイルをつくる。
それから、JAZZ理論をひととおり勉強して、引出しに入れておき、
いざという時に取り出すんですよ。
でも
本当は音楽でも写真でもアートでも、一瞬の音や映像を切り取るときに、
今だ!というひらめきで充分だし、ひらめきなんて後付けだと嘯くのも正しい。
そこの明暗を分けるのは何?
AMAZONの一般ユーザーの批評を見ると、
家電や実用品は別として、音楽やDVDについては、
「ヤツはジャズを勘違いしている」
とか書く日本人の大方はその言葉そっくりお返ししますと言えそうなのだけど、
フランスや、ブラジルのインテリ層の手強さと言ったら、
凡そ日本人の比ではない気がします。
そもそも自国や民族への誇りとかが違うのかね。
日本人は日本人であることを引け目と感じるところからスタートしてるものね。
「日本人にはR&Bは出来ない」
「JAZZがわかってない」
「英語の文化が育たない」
みな、引け目からスタートしてるでしょう。
音楽でもそうで、だからこそピッチをピッチとして捉えてる人は多い。
勉強というか基礎というか、でも基礎じゃなくて、
流れる音が大切なのに、引いてる場合じゃないのに…。
と、同じ罠に嵌ったところで、
たにふじはやはり、とりわけヨーロッパの個性の強靭さに舌を巻くんです。
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by momayucue | 2014-04-13 15:41 | つれづれ | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


by momayucue
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