もーしょんぴくちゃー

Shame という 映画 が果たして恥なのかどうか

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この映画でのマイケル・ファスベンダーにしろ、ゴーンガールでのベン・アフレックにしろ、ジャンゴでのジェイミー・フォックスにしろ、それぞれの映画の中で性器を映しちゃって、全世界に曝してます。もはや、「主張してる」とさえ言えるかも。ざまみろすっきりしたぜ!みたいな感じです。腕や指みたいに意志で動かすというよりも、重力と状況で動くそれは、何か身体に寄生したものに想えることが、持ってるぼくにもたまにあります。考え過ぎかな…でも、動物の雄のあの形状は、部分的に人間に寄生して時には脳を操っているようにさえ、想えます。

"Shame"の主人公は、都会で優雅な独り暮らしをする、ハンサムな男。職場の同僚を出し抜いて女性と寝たり、セックスアピールを使いまくっている。しかし、どうやら少し度を越しているようです。ふとした隙間時間に自慰をしたり、電車の中でもじっとりと女性を無言で誘ったり、職場でエロサイトは無制限に見るわコールガールはばんばん買うわ。所謂性依存体質になっている。彼のみっともない暮らしは、或る日、ずっと電話を無視してたジャズシンガーの妹が強引に転がり込んできた時から、迷走を始める。兄は性依存でいつでもどこでもやっちまうが、妹は恋愛依存で、やっちまったら見境なく愛してるを押し付けまくる。お互いに傷付けあい、…いや寧ろ、勝手にお互いの為に傷を負う。全く説明はないけれど、何かが、この兄妹の間にはあるように、観客の側には想えます。想えますが、本当に具体的説明もない。微妙な態度と、しぐさとが、醸し出すだけです。雰囲気でしか説明しないんです。

あらゆるものに依存はあり得るので、一寸奇異に感じるかも知れないけれど性依存症も実際にあります。もしかすると想像よりも多いのかも知れないです。ぼくなどは明らかに中古レコード・CDの病的依存症で、投資の意図が全然ないので市場価値とか関係無く闇雲に買ってしまうけど、程度の差こそあれ、性依存者の人口はレコード依存の人口よりも多いのではないでしょうか。
セックス中毒なんていう悍ましい呼び方も一時期流行りました。もはや性欲そのものじゃなくて、賭け事依存やストーカー行為に近い。ドラッグやアルコールや煙草なら、摂取するので中毒とも呼べるけど、禁断症状が仮に無いものでも依存してしまうのはまた違う理由になる筈です。ぼくは、酒に強い方ではないけれど、飲むのは好きです。しかし、味が美味しいとかすらよくわからない。何となくあの「酔う」という状態を求めてしまうんですね。だから、安酒でも取り敢えずいい。しかし、映画に話を戻すとあの兄妹は何かに負い目を感じて、その空虚を埋める為に、それぞれの別な依存を代用しているんだろうか。
ここ迄すら仮説なのに、ここから、漸くこの物語の「恥"Shame"」性のようなものの2重構造が浮かんできます。

ふたりとも、恥を押し隠したり、恥を恥とも想わなかったりしながら、逸脱したクセと共に生きている。ただ、決して強くない。すぐに自分を破壊し始める。兄は一瞬の不能におののいたり、妹も自殺未遂をしたり。その理由も雰囲気でしか語らないから、みょうちきりんにアートな映画に感じてしまう人もいたようです。2重構造のどちらにも「恥」を感じる程のトラウマは、果たして誰にも伝わるものなのか、解らないです。兄妹に自分を見出すのには物凄く勇気を必要とする映画、とも言えるかも知れないです。
見出せたかどうかは恥ずかしいので言えませんが、確かにぼくはこの映画が、所謂感動的な映画ではないのに好きなようです。依存者の性行為なんて見てもこちらに伝播はしないから、あまりドキドキもしなかった(歳のせいかも知れないが)。ただ、妹のシンガーがバーで歌う「ニューヨーク・ニューヨーク」のあまりの遅さに、音楽の前に人は裸だ、なんて呟きたくなったりする。そこはかっこつけですね、ぼくの。







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by momayucue | 2015-01-25 03:55 | もーしょんぴくちゃー | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


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