つれづれ

プリンスの訃報、ナナ・バスコンセロスの訃報について

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80年代はいっぱしのプリンス・コレクターだった、たにぴ@もまゆきゅです。

音楽界は、2016年に入ってすぐに、ディヴィッド・ボウイの訃報にどよめきました。
そこからもう大物の訃報ラッシュ。
ブーレーズ。
ジョージ・マーティン。
キース・エマーソン。
モーリス・ホワイト。
グレン・フライ。
松原正樹。村田和人。戸川昌子。ヤドランカ
冨田勲
一時代を築いた人、職人的にあらゆる世代に向けて演奏を続けていた人。
そして、おぞらく存命であればまだとんでもない傑作をものしたであろう人物もいます。

ボウイに関しては今後は、コンサートツアーを主戦場に、
永遠に懐メロにならない音楽を続けていくのだと予想していました。
それが、或る日ライヴから遠ざかり、最近になってアルバムを立て続けに出し、
しかもその内容も戦略も実に彼らしく、非常に価値のあるもの。
このまま、10年位は変わらずにシーンを挑発してくのかと想われた矢先の訃報。
暫くは何が起こったか解らない位の衝撃を、ぼくも受けました。

そして、プリンス。
70年代の終わりに、これ迄何処でも見たことのないキャラクターで彼は登場しまし
た。
小男だけれど、全ての楽器もレコーディング操作も自分で行い、
衣装やダンスやイメージ戦略など何もかもをコントロールし、
音楽家という職業、或いは音楽家人種を守る為にレコード会社とも闘いを辞さない、
それはとんでもない才能だった、と想います。
あそこ迄徹底的に自分でやっちゃって、しかもどれもがハイレベルで、
尚且つ新しい、なんて人は後にも先にも彼だけでしょう。
代表作にあたる「パープル・レイン」すら音楽的には通過点に過ぎない。
ぼくは"Black Album""LOVESEXY"といったアルバムがフェイバリットですが、
"Parade"の人も、"Sign of The Times"の人もいるでしょうし、
話題の季節を過ぎても、例えば"Rainbow Children"なんて凄かった。
12inchシングルでの"Perple Rain"にカップリングされていた"God"の音像は、
その時点で最前衛の音楽だった。
でありながら、"Diamonds and Pearls"のような敷居の低い名曲もあるし、
"BATMAN"だって…、ああ、きりがないな。もうよそう。
いや、やめられない。いつまでもリストを更新してしまいそうだ。

そんな訃報の集中豪雨の中で、
どうしても忘れがたいミュージシャンを、1人あげさせて下さい。
ナナ・バスコンセロス、Nana Vasconcerousです。

ブラジルのパーカッショニスト。享年71歳。
サンバでもボサノヴァでも何でも演奏出来るうえに、全くそこに留まらない。
彼は、ものを鳴らすことで、自然や都市や宇宙も表現出来た。

ぼくが最初にナナを知ったのは、意外と普通のきっかけ。
Pat MethenyとLyle Maysの共作(予定だった)、
通称「ウィチタ」
です。
あまりにもナナが素晴らしくて、3人の名義にせざるを得なかった、とメセニーに言わしめた。
ビリンバウや、あらゆる鳴り物が、
リズムやノリを越えて、文字通り「世界」を描いていた。
そこは、見知らぬイメージに溢れた世界だった。
そして、決定的な影響をぼくの人生に及ぼしたのは、
何度もこのblogで紹介している、Don Cherryとのデュオコンサート
最近になってようやく当時のエビデンスを見付けた。"New York Times"の日曜版が今はWebで見られます。
1987年だからインターネットどころか電子データ保存すら現実的でない頃。
N.Y.Timesの通称"Sunday Paper"でSt.John Divine教会でナナのライヴがあるのを知り、
向こうで知り合った友人達と出かけました。

その日に、ぼくのコンサート観は根底から覆されました。
教会の中央、椅子を取り払って作った唯の床に、観客はおもいおもいに座り、
待っていた。やがて消灯。怖いよー暗い教会。
やがて、ドン・チェリーとナナが、入り口から何か楽器を小さく鳴らしながら、登場。
ぼくはその光景を決して忘れない。
シルクの綺麗なシャツを着たナナは、人間じゃないみたいだった。
光って見えたんです。

フリージャズと、いかにもECMな幽玄が、繰り広げられました。
ぼくたちは聴き入り、応え、一緒に演奏し、笑った。
何がどっちの方に行くかは、誰にも判らなかった。
もしかして、いきなり疾走する灼熱サンバになるのか。
ドンのポケット・トランペットをシェイカーでバックアップするだけなのか。
そして結果は、その全てを体験出来たんです。

誰もが参加出来て、演奏がうまくなくても誰もがひとときリーダーになれて、
どんどん次の人に引き渡せる。
そんな音楽が、ぼくの理想とするライヴのひとつになったんです。

その時と、矢野顕子さんとBill FrisellとNanaとのトリオで一度、
ぼくは彼の生演奏を観ています。
彼の共演暦は、坂本龍一もそうだし、メセニー、ピエール・バルー、ビル・ラズウェル周辺から、
カエターノはじめ本国のミュージシャン達のアルバムで演奏し、
(なんとセパルトゥーラも!)
アンビシャス・ラヴァーズのアヴァンギャルド・ファンクにも対応し、
何処でも、好かれた。
今度4月に、エグベルト・ジスモンチ
のデュオで来日する!というニュースには、
ここ数年無い巨大過ぎる期待を持っていました。
あの教会での体験が、また出来る…そう信じてました。

公演の1ヶ月程前に、ナナは世を去りました。
コンサートは、エグベルト・ジスモンチの単独公演になりました。
単独でもエグベルトは、次元の違う素晴らしい演奏を繰り広げてくれました。
しかし、ぼくは、ナナに逢いたかった。

音楽の可能性を大きく広げ、
コンサートのあり方をとんでもなく拡張し、
技術とセンスとカリスマ性を誇るのとは全く逆の世界を、教えてもらった。
それは、勝利の高揚ではなくて、平和そのものだった。
それはそれで大変だけど、
ぼくはそれを試み続けようと決めています。
ナナから、ぼくなりに受け継いだんです。

お勧めはね、"Saudade"
"4 Elementos"
"CODONA"
アンビシャス・ラヴァーズでのセッション。
などなど。

そしてぼくらの音楽も、みなさん観てて下さい。
Rest in peace, Nana Vasconcerous.






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by momayucue | 2016-05-29 16:23 | つれづれ | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


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