もーしょんぴくちゃー

シン・ゴジラ 2016'8月と、「カウントダウン・メルトダウン」

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ぼくはよく、自分がアニメに影響されたピークは宇宙戦艦ヤマトで、ガンダムも、ましてやエヴァも殆ど知らない、と周囲に言ってます。事実としてそうなだけで、同世代でガンダムにずっぱまりだった人も大勢います。しかし、…これは個人の感想なので真に受けないで欲しいのですが、ぼくにとってはジオン軍との戦争も葛藤する少年兵士達も取ってつけたように感じたし、エヴァンゲリオンは…綾波レイだったか…のあのムチムチなスタイルにザ・二次元という抵抗感があった。多分。何しろ大して観てないので、わからない。よって、世間を騒がせている庵野秀明的なタッチというのは、知らないんですね。強いて言えば、「オネアミスの翼」は音楽が教授だったから観たけど、庵野タッチは認識出来なかった。

前置きが長くてすみません。ネット等で公開時に大盛り上がりしているシン・ゴジラが、一部で、「エヴァ世代接待」と揶揄されている理由は全くわからない。エヴァ観てないから。で、そこを踏まえて、恐らく問題作と言っていいでしょう。エヴァなんざ知ったこっちゃない。
今回のゴジラを、とんでもない傑作だと、今更何の新鮮味もない紋斬りで書き倒そうというのがぼくの魂胆です。

ゴジラは、日本を怪獣が襲う物語です。怪獣という概念が確立したのが1954年の第一作めのゴジラの功績。しかしこれは、怪獣映画というジャンルを形成するつもりだったかどうか、当時の資料を綿密にあたらないと判断出来ないですが、何か巨大な力が東京を襲うことと、それに翻弄される人間達のドラマ、それも、そうとうにシリアスなドラマだったのは想像出来ます。2014年ゴジラの時にも書きましたが、原子力発電がまだ日本に影も形もなく、ソビエトで世界初の原子力発電所が稼働した年です。つまり、1954年に放射能を吐く怪獣は、危険な発電エネルギーのメタファーではなく、想像するに、戦争や核爆弾のメタファーだった。力のメタファーだった。そしてその後、怪獣というイベントが生まれ、後続の怪獣はすべからく「怪獣モノ」というジャンルに包含される。ただ、一作目にだけは怪獣モノというジャンルに染まらない恐怖が、絶望に等しい恐怖が、あった。現実が、無情な力によってめちゃめちゃにされる様を、何のSF的ロマンもなく描いたあの絶望的な映画が、突然帰ってきた。
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では、あらすじから。
謎の爆発が東京湾で起きる。アクアラインが破損し、噴火のような状態が続く。
内閣は早急に対策室を設置したが、現象の分析さえも遅々として進まない。内閣副官房長官の矢口は、巨大不明生物の可能性を発言するが、そんなカイジュウめいたものは誰も真に受けない。
しかし、総理の記者会見直後、その巨大不明生物は、上陸を果たす。2時間、下町をうろついただけで散々街を押し潰し、突然行動を止め、また海に消えていった。微量の放射能を残して。
どうやらただ巨大なだけではなさそうだという推測から、矢口は各省庁からの曲者精鋭チームを編成し、調査を開始する。しかし間もなく再上陸した巨大不明生物は、その体積を著しく増し、自衛隊の総力も蹴散らし、米軍のステルスも粉砕し、東京をめちゃめちゃにしていく。首相はじめ行政機能の半分を失い、一般の犠牲者は数知れない。巨大不明生物は東京の中心部で活動を止めた。そんな中、アメリカの特使キヨコからもたらされた情報で、牧五郎という学者が行方不明になっており、彼がその巨大不明生物と関係があることがわかってくる。「ゴジラ」と名付けられたその怪獣と、矢口の対策室は、科学で立ち向かわなくてはいけない。諸外国からの核爆弾使用の重圧が高まる中、その作戦が実行された。タイムリミットは近い、どうなる日本。

不満はそりゃありますよ。牧五郎博士が残したゴジラのデータ。つまり、ゴジラは、彼が作ったのか。それとも発見しただけなのか。ヒントだけ出して死んだのなら世捨て人にも程があるし、ゴジラ作って人類に挑戦したのなら最悪のテロですよ。そんなんでいいのか。とか。幾ら何でも石原さとみさんの英語の発音はアメリカ人ぶりっこ過ぎだ。とか。

しかしそれらをさっぴいても、凄かった。感動的だった。
怪獣モノ、という所に立脚しなかったという風にぼくはあの映画を捉えました。キャッチコピー通り、現実社会に出現した圧倒的な破壊。それだけ。あの傑作平成ガメラさえちゃちに見える、全ての怪獣映画が怪獣モノに見える程に醒め切っていた。似ているな、と想ったのは、小松左京さんの小説、「復活の日」。それから、洒落にならないけど船橋洋一さんの「カウントダウン・メルトダウン」等。また「日本沈没」はSFだけれど、文化から民族から登場人物の個人史迄、全てシミュレーションした論文小説。既視感を誰もが持つだろう311の世界の動きを映したようなシリアスさ。行政は右往左往するだろうし、判断保留もするだろうし、無能な人間が土壇場で頑張ったり、有能な人間が失脚したりもする。エピソードのひとつひとつが、レポートの様でした。よくこんなシナリオが書けたなと驚いた。簡単に調べ切れる情報量じゃないし、その膨大な情報を流して捨てる計算も見事。日本が単純に他国に好かれている塩梅も、いい方向に効いている。大団円で歓声が上がらないの
も日本流。リケジョの市川実日子さんの笑顔も、救われる。

この比類ない重厚なシミュレーション作品を、庵野監督に期待した人は、失礼ながら多くないでしょう。特撮やSF的な語彙をフル活用した一寸アートっぽい(厨二房、と言ってもいい)ゴジラになるんだろうな、とぼくは甘く見てた。「シン・ゴジラ」というタイトルも寒い気がしたし、牧五郎博士の名前も観る前に伝わって来ていたので、(「怪奇大作戦」の牧史郎から来てるよね、これ?そうだよね??)、祭りとして盛り上がった「進撃の巨人」が映像以外かなり窄んだこともあって、キャストにも当初軽く失望した。「チャラいなこれは」、と。しかし蓋を開けたら、もう種類が違うという位に重厚。ノレなかった人は何にノレなかったのか、エヴァに乗り遅れたぼくにはわからないけれど、この映画は、甘えを極力抑えた、骨太なシミュレーションとして、大絶賛しときます。続編なんて作れないと想うし、作ったらそれは、「怪獣モノ」になるでしょう。それはもう、続編ではあっても人類の行末を予見するレポートではないからね。初めてのゴジラ続編の誕生に、ぼくは深く感謝します。

それから、どうしても書き留めておきたいことを。
先に比較として述べ、このテキストのタイトルにも書いた「カウントダウン・メルトダウン」は、2011'3/11の震災と、福島原子力発電所の事故を克明に追った、船橋さん渾身のルポです。上下巻の長大なボリュームの最期の章は、「神の御加護」という表題がつけられています。これはつまり、当時の与党である民主党と、東京電力の管理下にある福島第一原子力発電所危機は、様々な努力と混乱をしながら、最悪の事態を「乗り切れなかった」ことを意味しています。本当に紙一重の偶然が、もう誰も手を出せない惨事を食い止めた。与党がもし自民党だったら、…意見は分かれるでしょうが、東京電力との癒着により事態はより隠蔽され、皇室さえ自主的に参加した計画停電は実は不必要なパフォーマンスだったことも今日迄明らかにならなかったかも知れませんし、もっと…、当時の首相のようにガミガミ怒鳴り散らすことも出来ず、無策なまま終わっていた可能性が高い。いや、ここで右左の話題を掘り下げるのはやめましょう、ぼくが言いたいことは、アメリカならもたもたせずに徹底的に出来た対策を、日本は、出来なかったし、現在でもなす術もなくやられるでしょう。驚く程に懲りてない。
放射能を振り撒く巨大不明生物が上陸したとしたら、映画後半のこんなシュミレーションは完全に外れる。多国籍軍の熱核攻撃で日本は関東を失い、民間の力により地方から再生する、が現実でしょう。「現実VS虚構」と書いて、「ニッポンVSゴジラ」とルビを振っていた映画の宣伝コピーは、結果的には、罠なんです。日本は、映画的カタルシスという虚構ですし、巨大不明生物は、感情を持たない自然災害という現実なんです。

補足として、ぼくはこの駄文の中で、「国家」という言葉は使わなかったし、更にはここで言う「日本」が、国家ではなく抽象であり性格だと、述べておきます。翼の右左なんてことはどうでもいい。

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by momayucue | 2016-09-01 23:06 | もーしょんぴくちゃー | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


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