失われた休暇。
2016年夏休みの各社イチ推し映画群にあって、多くの人が見逃してしまった力作があります。邦題は、ロスト・バケーションですが、原題は、The Shallows。
サメ映画という謎のジャンルがあるらしいんです。例えばゾンビ映画は、社会派のものやコメディーや青春ゾンビやアクションゾンビや、確かに世界中に浸透しているだけあって、また、死んだ人間が酷い姿になって人間を襲うというドラマ性もあって、素人のぼくにもイチジャンルって印象があります。しかし、サメは…。確かに多様化はしてますよ。ただまだボリュームが足りないんじゃ…。多分ゾンビの1割以下でしょう、わからんけど。ともあれ、サメ映画の歴史はなんつっても"JAWS"が火蓋を切った。獰猛でコミュニケーションが取れない肉食の怪物。しかも、想像上の産物でなくて、存在しても不思議でも何でもない。古代のピラニアとかじゃないんだから。ただ先に述べたように、科学的に高知能を施したサメが人間を襲うとか、下半身がタコのサメとか、潜水艦よりデカくて空を飛ぶとか、そのテは置いといて、こんにち普通のサメで映画を作るとなると、とある観光地の海岸にサメが出現してという、殆どジョーズのリメイク風にするか、今回の「ロスト・バケーション」のように、1対1の丸腰の闘いになりますよね。要するに、サメ映画なんて、終わってる(なんちゅう結論だ)。リアル動物パニックとして、サメを選ぶだけのこと。
主演は、ブレイク・ライブリー。
ナンシーは、若くて知的で美しい女医。母親が病と闘う姿に打たれ、医師となったが、恐らく現場の過酷さ、つまり、患者を救えない虚しさに疲れていた。リフレッシュすべく、ひと気のないビーチ…母の想い出のビーチに出かける。サーファーの仁義なのか、先客の男2人も気さくで紳士的。リラックスしてパイプをバンバン決めるが、背後から、10mの鯨も1匹で殺す危険な鮫が襲いかかる。脚に負傷しながらもどうにか足場を見付けよじ登ったが、それは奴の犠牲になった鯨の背中。鮫の動きや速度を読み、泳いで岩場に辿り着く。止血をし、寒さに耐えながら夜を明かし、昼間の日差しには破損したボードで日陰を作り、助けを待つ。海岸迄は2~300m。とても鮫から逃げられない。昨日知り合ったサーファーがやってきたが、声が届かず、彼等は餌食になってしまう。そして彼女自身も、あと2時間弱で潮が満ち、岩場も水没するだろう…。絶体絶命。
彼女は、妹や父親を愛している。亡くなった母のことも勿論。ただ、疲れて少し投げ遣りになってた。誰だってそうだ。しかし、この絶体絶命に彼女は諦めずに闘うことを選んだ。ここでは選択肢はふたつ。徹底して闘うか、諦めて、せめて無残に喰われるのでなく安らかな自死を選ぶか。ナンシーは、本当に少し疲れてただけなのだ。だから、生来の強さが目覚める。生きる為にやれることを全てやろう。
ブイ迄何とか渡り(鮫の顔を蹴ってた!)、照明弾で漁船に知らせようとするがしけり気味で不発。やけっぱちで鮫にもお見舞いする。
そして闘いの手段は。結末は…。教えないよ~ん。
自然の容赦なさの中に生身で放り出されたヒト種の叡智の話であり、日々摩耗していたナンシーの覚醒の物語でもあり、大人になる為のイニシエーションでもあり、シリアスなパニック映画です。観た人が誰でも想い浮かべるのは、元祖であるJAWSと、そして「ゼロ・グラヴィティ」でしょう。事故で宇宙船を失った飛行士が、極限という言葉すら寒く想える程の絶望的状況を、切り抜けようと闘う話。「ゼロ・グラヴィティ」は、日本ではこのタイトルだけれど、原題は、Gravity、グラヴィティだけでゼロはついてないんですね。対してこちらロスト・バケーションは、失われたバカンスというホラー風味の邦題だけど、原題はThe Shallows、「浅瀬」という意味。少しだけ日本に馴染み易い加工をしている点迄似ている。そしてヒロインはどちらも、少しだけやけになっていたけれど、その経験を通して、人生に大切な何かを取り戻す。監督のジャウマ・スコット・セラはなかなかの手練れで、昨今のリーアム・ニーソン=タフガイ路線で一翼を担ったり、「エスター」というオカルト抜きの掛け値なしホラーを撮ったりしています。超大作にはいかないけれど、このクラスのバジェットで充分イケてる映画を仕上げる。これは推測ですが、彼はJAWSよりも、「激突」の方を意識していたのではないかと想います。コミュニケーション不能なトラックと、疲れたサラリーマンの、命がけの闘い。じわじわと背後から忍び寄る恐怖。クライマックスの作り方と、ほんの微かな清々しさ。そんな点からも、斬新と言うよりは職人的な傑作という位置付けなのかも知れませんが、どんな時にどんな環境で観ても、誠実な「映画」を感じられる気がします。TVでも、レンタルでも、少々眠くても、時間潰しでも、面白くて、前向きになれて、いいじゃないですかこれ。
ゴジラの最新作やインディペンデンス・ディの続編、ディズニーのアリスシリーズ、果ては貞子VS伽椰子迄まみえた夏休み商戦の中、「浅瀬」なんて地味なタイトルでは、小粒な作品に見えました。多分予算的にも大作ではなくて、回収は出来たかも知れない。しかし、せっかくの傑作。どうか「失われた映画」にならないように、どうかどうか、時々誰かが語りたくなるように、残っていきますように、願いを込めて書きましたよ。スタイル抜群のブレイク・ライブリーと、旦那のデッドプールことライアン・レイノルズにもツキが回るようにも、願いを込めて、ね。