クラウス・オガーマンのファンです、どうも、たにぴ@もまゆきゅです。
去年の暮れから、これが大流行り。
音楽プロデューサーの高橋健太郎さんが、珍しくBill Evansなどを紹介してて、
「10代でこれに出逢ってたら人生変わってたかも」
とまで言ってました。
ここ数年、高橋さんは(古い言葉だけど)ワールド・ミュージックの、それもアコースティックなものに注力してて、
ビル・エヴァンスなんて、かなり意外な発言でした。
youtubeにフルの音源があがってて、
ごめんなさい、全編聴いちゃって…、これは只事ではないとすぐにポチ。
だいたい、チラッと聴いてこれはと想ったらすぐ止めて買っちゃうのが普段のぼくなのに、
これは止めるわけにいかず最後まで、しかも繰り返し聴いて、
勿論買ったんです。
Amazon評もバラツキありますが、合わない人には合わないんだろうね、やっぱり。
ひと言で言うと、「アフロ・ライヒ・バロック」です。
ぼくには、フィットし過ぎて動悸が速まった程。
少し解説します。
ビル・エヴァンスのトリオをフィーチャーした、全てクラウス・オガーマンのペンによる作品。
まずオガーマン=エヴァンスのタッグと言えば、多くのジャズファンは、
1965年の with Symphony Orchestra を想い浮かべる筈。ぼくもそう。
こちらは、バッハの曲や双方のオリジナルをピアノ・トリオとストリングスでと言うジャストミートなフォーマット。
その9年後の1974に出たこちらは、一寸一筋縄ではいかない。
オガーマンと言えばボサノバでの仕事が有名で、そちら方面のアレンジは総なめ状態。
とんでもなく野心的なアレンジも沢山なんだけど、
この「共生」なるタイトルの作品集は、もう振り切れが、徹底なのかヤケっぱちなのか喧嘩腰なのか。
唖然としか言いようがない。
どちらかと言うとBill Evans Trioの方は、印象としてはオガーマンの手伝いに近い。
ただ名手エディ・ゴメスのベースは躍動しまくってて、この人しか出来ないなあと想うわほんま。
フロントのビルは、ぼくが知っている限りでエレクトリック・ピアノをプレーしてるアルバムは3作目。
どれも比較的モノフォニック、単音のソロ。
結果として、オガーマンが、こっそりと世に問うみたいな凄いアルバムになった。
ビル・エヴァンス陣営も、共生の重要な一翼だ。
余談だけれど、このテキストを書くにあたり、ビル・エヴァンスの来歴を幾つか読んでみたんです。
麻薬でボロボロだったということはよく聞くけれど、
それにも理由があるというか、
本人はこてんぱんに病み切った人間だったんだ。
身から出た錆という面もあるし、
音楽が業になってしまい、求道のあまり堕ちていったこともある。
その刃は、ビル本人だけでなく、家族にも及び、
内縁の奥さまは飛び込み自殺するし、その後も家族は去っていくし、
ビルだって自分という人間から離れたかったんじゃないかな。
それは贖罪と、それでも留まることのない音楽と…、により。
ドラッグは、音楽を授けてくれたりはしないと想う。
しかし、ドラッグそれ自体が本人のメンタル疾患を束の間遠ざけてくれたりはする。
ぼくはね、これ予想に過ぎないけど、
ビル・エヴァンスと言う人は、世界の全てが対等であるべきだと信じてたんじゃないかと想うんです。
ドラムやベースは、花形楽器の従属ではない。
全てに、権利や役割りは用意されている。ダイバシティ。
これ難しいよね。そのルールを全てにおいて模索し、当たり前だけど誰もが受け入れてくれるわけではなかった。
音楽に戻ろう。
このアルバムの凄さ、続きが欲しいな。組曲形式だから、ないんだろうな…。