小理屈「いやカタいのなんの」

ナナ・ヴァスコンセロス 彼なら大丈夫だった

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2016年のディヴィッド・ボウイに始まった特大の訃報連鎖は、事故も病気もそれぞれの死に関係がある訳ではないけれど、何か嫌なものを今となっては連想させます。何とか解放されてきた人類の精神が、突然疲弊を露呈させた。勿論、じわじわと、良くなったり悪くなったりしてるのが人間という種だろうけれど、実に重要なピースを、この年失った。しかしその中でも、ナナ・バスコンセロスは私にとっては特別だったことは、Link先に以前も書きました。

私の個人史にも重要な彼のことを、これからとうとうと語るので、覚悟して下さい、或いは、興味ない人は、斜め読みでもすっ飛ばしでもどうぞ。更新のペースの割りには最近内容が濃くなってるもまゆきゅblogは、最近音楽薀蓄コーナーをあまり必要としなくなってますが、ナナのことだけは、(あまり巷に無さ過ぎるので)どうしても私が続けないと。

Nana Vasconcelos。綴りがVなのでヴァスコンセロスなのか、バスコンセロスなのか、所詮カタカナなので読んで通じればいいですが。2017年の現在でも、この偉大なパーカッション奏者には日本語のWikiさえありません。凡そミュージシャンなら知らない人はいない、それもジャンルを文字通り超越したプレイヤーだったのに。偉大、という呼称は似合わない程に人懐っこい人物と音楽の彼は、しかしそのカヴァー範囲も技術も感性も、どう考えても偉大でした。
1944年にブラジルで生まれた。ブラジルは非常にギターが盛んな国で、実に多くの人が子供の頃からギターを手にする。彼がギターを弾いたのかどうか、私は見たことがないですが、おそらく多少弾いたんじゃないかと私は推測しています。しかしパーカッション奏者としての彼の独創性は、類を見ない。ギターという楽器の制度を100倍位超越してます。ビリンバウというブラジルの楽器は、弓とボウで出来ているというバイオリンに似た構成だけど、擦るのではなく、ボウで叩いて、弾ませて、リズムと音程を出すものです。ナナは、それをメインにしながら、古典的なパーカッションは言うに及ばず、音の鳴るものを皆楽器と等価にしました。
と、ここ迄は陳腐な表現ですが、何と言っても凄いのは2点によってです。ひとつは、どんなセッションにおいても彼の音は変わらないこと。もうひとつは、どんなセッションにおいても、彼は適合し質を上げ、成果を出すこと。
知ってる人なら、彼のプレイのイメージはすぐに出来ると想います。強烈にシャッフルするエコー感の強いリズム。マイクを巧みに使った遠近感。フィジカルにもメンタルにも届く、優しく且つ洗練された音色。
「どんなセッションにおいても彼の音は変わらない」のです。ある時はラルフ・マクドナルド、ある時はディヴィッド・ヴァン・ティーゲムになることは決してない。いつも、圧倒的にナナなんです。
そしてもうひとつの特徴によって、彼の凄みは完成します。

エグベルト・ヂスモンチとのデュオ作品では、氏の多弦ギターによるECM的美学に則った美しい曲を、そのままパーカスが包み込みます。アンビシャス・ラヴァーズといういかにもN.Y.的なエッジのバンドでは、都会産のファンクに、声で、鳴り物で、おじずに参戦します。セパルトゥーラならば、母国ブラジルのグランジィなメタルに、密林の野生音を持ち込みます。矢野顕子でも、ビル・フリゼルでも、ドン・チェリーでも、P.M.Gにおいても、彼は、変わらないのに、「適合し質を上げ、成果を出す」のです。期待したあの音を、間違いなくプレイしてくれて、しかも、驚くような音楽が出来上がる。

これも前に何処かに書いた気がするのですが、Pat Metheny とLyle Maysが、デュオでアルバムを制作したことがあります。これも名盤の呼び声高い、As Falls Wichita So Falls Wichita Falls (なんてヘンなタイトル!)です。当時のインタビューをはっきりと覚えてますが、当初完全にデュオ名義にする筈でスタートしたのに、
「ナナが、素晴らし過ぎたんだ。彼は楽曲に大きな影響を及ぼした。当初タイトル曲ではドラムなんて入れるつもりが無かったんだけど、たまたまスタジオにあったドラムをナナが叩いたら、素晴らしかったから入れることにした(メセニー談)」。
因みにこの曲は殆どがメセニーの構想だったのに、途中で登場するライルのストリングス音のコードがあまりにも素晴らしかったので、彼も共同作曲にしたんだそうです。普段ニコニコしてるメセニーは実はメンバーには鬼だと私は常々想ってましたが、少なくともクレジットとか金銭的権利関係には寛容なんじゃないかな。まあそこは完全に余談です。

あるレコーディングに呼ばれた時、ナナが出した高速プレイのアイデアをメンバーが気に入り、テープの回転を落としプレイして貰おうとしたら、
「いや、そのままでいいよ」
とあの笑顔で圧巻のテイクをものしたり、単純に技術面も伝説が沢山ありますが、それでも、ナナが最高なところは、巧いとかじゃない、全くそんなことを感じさせない音楽の提起です。下手くそでも、音楽を楽しめるんだ、という提起。

実は、ギターのインストを書き始めた19歳位の頃、私はリズムというよりも舞い跳ぶようなナナのパーカスと自分のインストのデュオを、何度も何度も、夢に見たものです。寝付けないときは、その想像をしてるとそのまま眠れました。23歳でN.Y.に渡り、実際に彼の演奏を体験し、ああこれだ…と確認しました。2016年にエグベルト・ヂスモンチのコンサートを観て、これは次元が違った、自分など到底及ばない…と打ちのめされたけれど、夢くらいは見させてもらいたい。ナナ・バスコンセロスなら、どんなジャンルの音楽でも、どんな次元の音楽でも、良いものでありさえすればきっと、大丈夫だった。都会的でも、アーシーでも、プリミティブでも、テクノでも、彼は変わらず、そして信頼出来た。そんなプレイヤーを、2016年に私達は明け渡してしまったのです。













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by momayucue | 2017-09-24 08:01 | 小理屈「いやカタいのなんの」 | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


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