N.Y.での一寸泣かせる話シリーズ

後編 地の果て至上の時/中上健次~ぼくがN.Y.に行った時のN.Y.でおぼれるぼくの姿

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さて、ぼくは誰もあての無いまま、N.Y.での生活を始めました。
それはとてつもなく情けないスタートです。まるっきり英語が喋れず、ビクビクしながら近所のデリカテッセンで卵等を買い、ニューヨークヒルトンホテル(仮)というバカな日本人にピッタリのホテルの部屋に帰り、洗面所の熱湯でナントカゆで卵を作ろうと試みて結局ぬるい生卵にしかならず、パンばっかかじってるわけにもいかないのでその生卵を丸飲みし、たちまち3日が過ぎ、日本人向けの不動産屋さんには、
「このビザじゃあアパートは借りらんないですねえ」
と言われ、ビジネスマン向けのホテルで時差ボケと戦って敢えなく玉砕、気がつくと夕方の4時、暗くなってからのN.Y.を歩くなんてとても出来ないと絶望し、もう駄目だ、帰りの飛行機の予約を入れてすぐ帰ろう、と想ってしまったのです。とんでも無い所に、1人で来ちまった、死ぬ。自分はこんなことが出来る様な肝のすわった人間じゃないぜ。はい、ワタシの負けです。

時々、O君(仮)のことを想い出しました。溺れ死んだ奴、たいして泳げやしないのに、ザッパ~ンと飛び込んだ奴。バカだな、そんなことしたら、死ぬじゃないか。
3日続いたあっぷあっぷの時が、それでも何ンとかけじめを向かえました。

アパートを、シェアする。要するに、広いアパートの1部屋を間借りするのです。
『ビザは問わない、金銭関係やマナーなどについてとてもしっかりしてるので、日本人は大歓迎』
こんな広告を新聞で見つけた。
そこのアパートの大家さんのHESSおばさん(仮)に日常生活の事や簡単な英会話(要するにクソ度胸)を教わりながら、次第にぼくはN.Y.での泳ぎを憶えていったのです。

セントラルパークの真ん中の劇場で、日本人の超有名な演出家によるシェークスピアが上演される、それも無料で。ぼくはその噂を聞きつけ、整理券の列に並んでいました。キャストも日本人、日本語、でも並んでる人は外人(アメリカ人)ばっかし。だってそれほど有名なのです、その演出家、蜷川幸夫(これは実名)は。相変わらず友達は出来ず、言葉もダメで、すっかり地味になってたぼくは、そこで1つの失敗をやらかしました。
列の後ろに並んでた人の足を、しっかりと踏んでしまったのです。ビビッてしまった。英語でぶわあっとまくしたてられたらどおしよお。だってここは英語の国。しかし、なんとその時聞こえてきた悲鳴は、『いたあい』だったのです。それまでずうっと英語でかわしていた会話から、すっかり中国系あめりかんだろうと想ってたのに、裏切ったな!ぼくは謝るのも忘れて、
「に、日本人ですかっ」
と言ってしまった。

彼女の名前は戸田奈津子さん(嘘)、正確には今はあめりかんの国籍だが、親が日本人で、彼女もコロンビア大学(仮)で日本語を教えつつ自分も世界の文学を勉強してるという講師助手の生活。ぼくよりも3つくらい年上でした。以来、コロンビア大学(ホントは実名でした)の研究室に勝手に出入りしたりして、友達も増え、ぼくの泳ぎはかなりの上達をみたのです。もう地下鉄でもなんでも1人で移動出来る、バッチリだぜ、O君(仮)!!

ある日、戸田奈津子さん(嘘)から、とんでもない人を紹介されました。これも日本を代表する小説家、中上健次(じつめい!すごおい!)がN.Y.に来てるので、パーティーやるからおいでよ、だって。はじめまして、ぼくは情けない超不器用な一般人デス。
鍋をつつきながらの世間話の中で、たまたま、宗教の話になりました。その時は別に、O君(仮)の言ってたH(仮)ちゃんのことを想い出したりはしなかったけど。中上健次さん(実名)はこんなことを言ったのです。
「信じるものがなにもない」
「ぼくは神様を信じるみたいに信じるものなんてないけど、平気ですけど」
中上健次さん(実名)は、でも世の中には、そういうのが平気じゃない人がいっぱいいるんだよ。憎む人だっているんだよ。中上健次さん(実名)はそんなふうに、ガキのぼくに説明した。翌日、彼はフランスに行った。なんだか夢のような出来事でした。
20年たったいまでもそうです。

中上健次さん(実名)は、数年後に癌の為故人になりました。故中上健次(実名)の小説は、あまりにも豊穣過ぎて、ぼくにはスゴ過ぎた。彼の右に出る日本の近代小説家は、いたとしても大江健三朗、左に並んでも中上さん(実名)が笑って肩でも叩いてくれそうなのは、ほんの数人だ、とぼくは想う。

びば.にゅーよーく。ぼくはひどいフォームで泳ぎだした。
数え切れない偶然が、その後のぼくの遠泳を助けてくれた。
これからもとてもあてにしてはいられないような偶然や、
ごく普通の確率の不運の中、
少しずつ1人で黙々と泳ぐのです。
誰かの励ましや、誰かを励ましたり、
傷ついたり傷つけられたりしながら、
いつか溺れる迄、いつかくたびれ果てる迄、
いつかもう厭になっても、励ましたり励まされたりするうれしさをまさに励みにして、ぼくなりの犬かきを続けるのです。


※写真は、中上健次史上最も意外な結末、「地の果て至上の時」
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Commented by miu at 2007-08-12 01:28 x
泳いでたんだ~~~。
私は、なんだったんだろう?
あなたよりは、少しは計画的に、渡nyしたからね。

そして、私は、若い女性だったので、
日本人の出会う男性は、みんな親切だった。
女を武器に、うまく泳げたのかな?

今、思えば、すごくもてたな~。奇跡的。
人生で、一番もてた時期だろう。しかし、すごく短かったががね。(笑)
中上健次氏の話は、よくしていたね。
でも、ゴメン、彼の作品は、今もって読んでいない。

今も、人それぞれ、いろんな人生があると思う。
私は平凡に、主婦してるよ。もう、くたびれきっています。
めちゃ。自分を犠牲にしています。
必死で、泳いでいますよ。
まだ、対岸は、見えない。(苦笑)
Commented by momayucue at 2007-08-12 12:37
miuさま、プチご無沙汰。
今から激モテになる方法、教えてあげようか。ふふふ。
ご近所の、囲碁クラブとか、縁側将棋クラブとかに顔だすの。
すっげえモテるよー。みんなおごってくれるよー。
閑話休題。
この経験がなかったら、ぼくのN.Y.の暮らしは、殆ど手ぶらになってたと想う。
もともと社交的じゃないからね。ここであの街に踏みとどまったから、
パワーステーションに潜入も出来たし、オノヨーコの人柄をかいま見たりも出来た。
なんかさあ、呑みてえなー。
by momayucue | 2007-08-11 19:59 | N.Y.での一寸泣かせる話シリーズ | Comments(2)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


by momayucue
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