N.Y.での一寸泣かせる話シリーズ

鎮魂歌 ワールド・トレード・センターの記憶

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ワールド・トレード・センターの特徴として、殆ど同じ様な外観のビルが、すぐ隣に「見える」点が上げられます。

1987年、2/12、ぼくは、かのワールド・トレード・センターに初めて登りました。半年滞在したニューヨーク。翌日東京へ戻る、という夜、いつも何処にいても視線に入ってくるあのマンハッタンの象徴のひとつに、記念に登ってみることにしました。

半年。例えば東京での半年は、若者がただチャンスを待ちながら10回くらいやり過ごし、疲れ果てて諦めてしまううちの一瞬に過ぎません。ぼくは恐らく途轍もなく運が良かった。夢はあっても何をしていけばいいのか皆目判らないで、誰ひとり知人もいないニューヨークで暮らしはじめたたにふじ。しかしその取るに足らないおバカなアホを、何故か運は一寸だけターゲットにしてくれたのですから。パワー・ステーションでの体験。オノ・ヨーコとの邂逅
etcetc…諸々
帰国する気なんてさらさら無かった。毎日、何かが、いつも待ち受けてる街、N.Y.、良いことも、怖いことも、喜びも悲しみも。でもやはり、帰国することにはなるんです。

ジム・ジャームッシュという映画監督のスポンサーがオレに付いてる、という監督志望のジューイッシュを紹介されました。名前はマシュー。全く噛み合わない英語で、映画音楽の話をし、ノイズを音楽にしたい、音楽を意識した映画作りをしたい、などと話をし、最後に彼は、英語も出来ない、作品を聴いたこともない東洋人に、未公開のシナリオを渡してこう言いました。
「音楽ヲ、キミニタノミタインダヨ」
…独りで、全くコネクションのないマンハッタンで、ちゃんとしたレコーディングが出来るかどうかというと、かなり困難だ。それに、みんなで、東京のみんなでこのチャンスを共有したい。
「ぼくは東京へ帰るよ。友達の助けを借りて、キミの映画のスコアを作る」
ぼくは帰国を決めたのです。
N.Y.で知り合った友人達に挨拶をし、呑んだり、遊んだり、パラディアムで踊ったり、そして翌日はJFK空港へ、という夜。その監督とビリヤードを、という約束をしたのだけれど、落ち合って何件も回った挙句、どの店もいっぱいで、諦めた。オーケー、マシュー。じゃあここで…、と握手。

独りになって、見上げる。まるっきり倒れたり砕けたりしそうもない2つのタワーがそこに。

展望台は有料だったんだよな。幾らだっけ。想い出せないです。もう夜の8時頃だったかな。みすぼらしいコートを着たたにふじは、エレベーターに乗りました。

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窓の景色に、膝がかくんとなる程驚きました。
周囲には建物は全く無い。勿論ウォール街には建物はもう無理って程密集してます。しかし、WTCが高過ぎて、全ては視界の底の底に。
の筈なのに、すぐ隣に、今自分が立っているのと全く姿を同じくした高層ビルが、いる。
現実にはあり得ない程に、月を大きく感じました。いや、幻かも。それは映画『コヤニスカッティ』と記憶が入れ替わっているのではなかったろうか。しかし、間違い無くこの眼で、当時2.0のこの眼で視たものが。
WTCは、オフィスフロアを百幾つも有した、賃貸の雑居ビルです。証券や金融関係を多く誘致し、全世界の為替をリードするN.Y.の金融組織は、当然の様に、24時間(或いはそれ以上かも?)稼働しているんです。ぼくが視たのは、そのビルで、忙しく働く人々や静かに残業する人々でした。
人が、そんな高い所に毎日自分の脚で立って、歩いてるんです。それが、空の中の2つのビルで、互いに見えていた。多分手を振ったら、振り返してくれたかも、そんな距離です。

ずっとずっと後に、旅客機が真っ直ぐに体当たりをしてくる、それ程に高い空の上で。

帰国してから、マシューに貰ったシナリオを、辞書を引き引き読んでいきました。辞書に無い俗語に苦戦を喫しながら。タイトルは、"SUEDE"。スゥェードのブーツが出てくる、ゲイのコメディでした。

何度か監督に電話をする度に、彼のガールフレンドが出てくれました。ぼくが名前を告げると、
"Oh You're music composer!"
しかし、作品のプロトのビデオが届く前に、電話が通じなくなってました。彼は、消えたのです。

2~3年後、"JOHNNY SUEDE"というタイトルの映画が、ひっそりアメリカでかけられました。確かにスポンサーに、ジム・ジャームッシュのプロデューサーをしたとされる人物の名前も。低予算のポスターもソレっぽい映画の存在を、ぼくはかなり後になって知ります。何故知ることが出来たのか。それは、主演が、当時全く無名のブラッド・ピットだったから。彼がスターになり、過去の作品も紹介されたんです。監督はぼくの知らない名前でした。
それがどんなストーリーの映画なのか、今だにぼくは、怖くて確かめられない。

2001年、9/11、あの信じ難い事件が起こりました。
世界が騒然としました。あのテロの、こちら側の人々も、向こう側の人々も、悪に囚われた。
ぼくは、平和を願いました。心から願いました。素早く祈りました。しかしあの、平和がどんなものか、想像するのも困難に感じたのです。

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今日の画像、テロの瞬間の写真は、マンハッタンの仕事場で坂本龍一が撮影したものです。音楽家として、ちゃらんぽらんなヤツとして、の教授に、ぼくは大きな畏敬を感じていますが、政治的な言動がどうとかについて、これまで敢えてここで言うつもりはありませんでした。しかし、あの時期アメリカに永住権を持ち、税金を払っていたエイリアンで、いつそれら全てを失うか解らない危険を冒し、非戦を口にし続けた勇気は、誰かアメリカで真似出来た?

勇気は、何かをなす為の勇気は必要。

ぼくがニューヨークに渡ったいきさつは、120%他人様にはお勧め出来ない無謀極まりない所作です。しかし、今の自分すら当時のぼくの勇気にだけは、敬意を表します。バカなヤツだけど。

World Trade Center, WTCは、何故消えてしまったんだろう。911、中東では、アメリカに天誅が下ったと小躍りする映像。911以前の死の歴史。911以後の泥沼化した戦争。止めなくては。数じゃない、死者の数じゃないんだ。誰かを、身近な誰かを助けられるなら、助けよう。
では、身近な、誰を?
ぼくは途方に暮れながら、非効率に、出来る事をします。



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Commented by みっちい at 2008-06-29 22:48 x
えっと、、とりあえず「コヤニスカッティ」に食いつきました。

が、

あの朝、テレビをみて、ビルが煙を上げているシーンを見ました。すっげー、大掛かりな映画のワンシーンを見ているようでした。寝ぼけた頭が、それがテロである事を、事実起こった事だと理解するまで時間がかかったのを覚えています。

戦争なんてやってる場合じゃないのにね。その分エコに回そう。未来の為に。
Commented by ゆーこ at 2008-06-29 23:19 x
杉本博司さんは論評「苔のむすまで」冒頭にNYの自分のオフィスでWTC崩落を目撃した時のことを書いてます。
「2棟目が崩れ去った後には、凄まじい喪失感だけが残った。・・・しばらくしてあの匂いが押し寄せて来た。」
確かに自分の理解の範囲を越えた出来事で、
テレビの映像は現実だとはとても思えなかった。
現場にいて人間が焼ける匂いをかいだとしても、きっと現実だとは思えなかったでしょう。

ところで、どんな出来事があろうとも、自分の範囲でしかそれを理解することは出来ないとは思うのですが、
今日みたいな文章を読むと私の理解してるたにぴさんは
私の範囲の中だけで、本当はもっとすごい人なのかもしれないなーと思ったりもします。
Commented by momayucue at 2008-07-01 00:04
みっちいさま。
皇居が、やられることを想像してみて下さい。
きっとそれに近いんです。
皇族の住む所…だとイメージが近いだけで対面的にはだいぶ違うんだけど、
東京タワーでは力不足。
国会議事堂なんて、なんの役にも立たない。
ゆーこさま。
どう考えても、ぼくはすごい得難い体験をしてきたと想うけど、
自身は、凡庸以下です。遥か下。
せめてみなさんに追いつくか、迷惑かけないように、と想う程度です。
ただ、N.Y.は、出逢いの街です。パリもそうかも知れない。
東京は、パーテーションの街です。
Commented by miu at 2008-07-01 07:18 x
2001年12月に、WTCのないマンハッタンに行ってきました。
なんだか、空を見ても、遠くを見ても、WTCが、ないのは、
とても、不思議でした。空がひっそりしていました。

一番困ったのが、今、自分がどこに立っていて、
どの方向に行けばいいのか、分からなかったことです。(笑)
実は、すごい、道しるべにしていたのですよね~。

Commented by momayucue at 2008-07-01 21:03
miuさま、まいどです。
そうだねー、当時はPAN-AMビルもあったけど、
今はもうあれすらないし。
ぼくらでさえそんな感じだから、
地元の人達は、…あらゆる意味で辛かったろうと想う。
でも、それを自分、あるいはアメリカの痛みでなく、
世界の痛みと、何とか解釈して、
連鎖的な復讐はやめてしまわないと。
by momayucue | 2008-06-29 20:34 | N.Y.での一寸泣かせる話シリーズ | Comments(5)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


by momayucue
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