昔は尋常でない読書量だった、たにぴ@もまゆきゅです。
なんと今年は、まだ大野更紗さんの2作と、
津田大介さんの「tweet&shout」しか読んでない。
活字というか、テキストは沢山読んでいるのに、殆どがネットでの調べ事。
やばいよ、いまどきのおじさんのたにふじ…。
彼女の主催する「うちゅうじんの集い」というのに参加したことがあります。
これは、所謂難病や高齢者やその他ハンディを持った人々の、
課題と現状とについてマルチベクトルに雑談するという、
非常に志が凸凹に広い、しかし重たいテーマのトークイベント。
現場の医師や、フィールドワーカー的社会学者、闘う学院生、チャレンジドの人やご家族、
兎に角うさぎにつの、あらゆる「困ってるひと」が、
行政の問題、社会の意識の問題、あっという間に直面する超実験的高齢化社会について、熱気溢れるトーク。
ぼくは休憩時間に、彼女の著書にサインを頂きました。
あの軽やかで瑞々しくてしかも真面目な「困ってるひと」の後に刊行されたのが、「さらさらさん」。
なんて爽やかなタイトルなんだ。NHKの朝ドラみたいだ。
で、文体もあるものは前作に似せたものもあるけれど、
内容の重さ、深刻さ、対談相手の知的な仕事の困難さ、更には、
大野さんご自身の切っ先の鋭さは、時に差し違える覚悟さえ感じさせる。
「信じているからこそ訊くんです、これでいいんですか?と…」
行政に近しいところで駆け引きを闘っている人物や、
殆ど熱血学院生のライターや、
スターの孤独と使命感を背負って、軽いのに悟ったようなあの乙武さんや、
世に出た大野さんを更に推し出した糸井さん。
この本のカバーに描かれているイラスト、
頁を送る時に眼に触れる、大野さんの表情2つ、素敵です。
しかし、収まっているテキスト群は、本当に一筋縄でも二筋縄でもいかない、
強固に絡み合った荒縄に、更に水をぶっかけたごとき社会。
きっとどんな分野でも、どんな世界でも、退廃した街でも地獄のような戦場でも、
このような思想が、闘ってもいるんだろうな。
中沢新一について亡くなった山口昌男さんが、
「彼は、最後の人類学者という自覚を背負っているんです」
と評していて、ぼくも80年代は、
そうだな、この人の後は途絶える線があるな、と想っていた。
しかし最近のこういったものを見ると、
いや、民族の詩学、ストリートの詩学、ヤンキーの詩学、無軌道の詩学みたいなものは、
まだ絶えてはいないな、と期待してしまう。
それ程の大きな道ではないかも知れないけれど。大丈夫。
大丈夫だから、進もう。一寸でも、ミリ単位でも、
絶望の淵のような細道でも、進もう。