つれづれ

Song Cycle/ヴァン・ダイク・パークス

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メガネ男子の、たにぴ@もまゆきゅです。

Van Dyke Parks。
超名作と言われる、ソロ・デビュー・アルバム。まだ若々しいジャケット写真の彼。
どう考えても売れなそうな、しかし、まぎれもない傑作。

ただ、ビーチ・ボーイズの"smile"についてもそうだけど、
何だかこの「売れなかった」「出なかった」「滅多に見れない」は、
その作品に本質と違うフィルターをかけてしまうことがある。

もしかすると、所謂ロック的でない、
ギターサウンドでもないしスネアが2,4拍を打ってない、
ただ懐かしい、しかしシニカルで、やはり抒情的な
ひとつのアルバムであればよかったのに、
何か魔術的な尾鰭を纏ってしまうことがあって、
この強さときたら、場合によっては作品以上に力を持ってしまうことがある。
例えば、はっきり言って只の異常者に過ぎない男が
殺人のBGMにポール・マッカートニーの曲を使ったばっかりに、
作品が余計に物騒な楽曲認定を受けてしまったり。

元々ソング・サイクルはそんなに厄介な音楽だろうか。
ごく自然な、アメリカのある時代のポップスの体裁だし、
歌詞について幾つかの意見があるけれど、
それにしたって黒人音楽には「奇妙な果実」なんて曲もあるし、
歌詞が問題でソング・サイクルはどうこうということはないでしょう。
単に、売れなくて、且つ素晴らしい音楽。
しかしそれにしては…。

ぼくが最初にこのアルバムを聴いたのは、1986年の年末から年明けにかけて、L.A.を訪れた時でした。
お金も仲間もいないぼくを、N.Y.で出逢った友達が故郷に誘ってくれたんです。
86年当時ショップにはボンジョビだらけ。
なんとトッド・ラングレンですらそんなに見つからなかった。
Van Dyke Parksのソロなんて誰も知らない。
ロスで、漸くかすったわけです。

前置きは兎も角、その最初に聴いた印象は、やはり、
「何か魔術的な音楽だ」
でした。
どうしてだろう。未整理でごちゃごちゃな要素が多いからだろうか。
音像がくぐもっているからだろうか。
それとも、単なる都市伝説にぼくが影響されてるからだろうか。
今も冷静に聴けない何かがそこにある…気がする。
無いのかも。
気が乗っかっていく、つまり呪いが乗っかっていくことは、
それを信じる信じないに関わらず、影響される。呪いは効くのだ。
もしもぼくを激しく憎む誰かが真夜中に藁人形に五寸釘を打ち付けていたら、
そんな憎悪は、効くに決まってる。
その怨念を気味悪いと感じない人はいないだろうし、
その気味悪さは、どうにかして直接か間接かでぼくに届く。
それを呪いと呼ぶのだから。
払拭する方法はただひとつ。その呪われた作品を、ありふれたものにしてしまうこ
と。

若き日のヴァン・ダイク・パークスに関する逸話は沢山あります。
薬物に酩酊して、ミキサー卓に登って踊ったとか、
はっぴいえんどのメンバーが嫌ってたとか…。
でもまあ、当時のロックの環境なんて、ドラッグと無関係な人も少数派なんじゃない
か。
暴力事件がないのが、寧ろ、らしい気がする。
ぼくはこのジャケットにあるメガネ男子の、
当時としてはロックから遠い風情も、却って謎めいたものにしてた気がします。
では、彼自身のやりたかったことは、果たしてそういった演出めいたことだろうか。
仕方がないことなのかも知れないけれど、その答えは、
その後の作品の質感から出てきます。
要するにアメリカ史周辺に登場する音楽を、自分のフィルターを透かして奏でる、で
す。
しかしその後でも、「サウンドの万華鏡」といった比喩が、
音楽の輝きではなく混沌を喩えてしまってたり。
リスナーも受け止めてたり。

日頃ぼくは、音楽は、「聴く、語る、憎む、勘違いする、誤魔化す」などなど、
何もかもを音楽の愉しみ方と肯定しています。
勿論、演奏する、もですが。
なのでこのアルバムがもしVan Dykeおじさまのキャリアに貢献出来るなら、
せめて敬遠しないで、酩酊でもいいから皆が聴いて欲しい。
宜しくねえびぼで。
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by momayucue | 2014-08-05 23:31 | つれづれ | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


by momayucue
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