ASD、自閉症スペクトラム

4代目桂三木助

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歌舞伎、狂言、能、それから、落語等にも、襲名という制度があります。実力とキャリアつまり実績を認められると、先代の名前を継ぐわけです。ひとりの芸人の、名前が変わる。ひとつの名前が、生まれ変わって続く。自分の使っていた名前が、突然、良く知った名前になってしまうんです。それが重いのか軽いのかは、解らないですぼくには。しかし、ひとつぼくに解ってることがある。それを書きます。

桂三木助。落語家の名前です。現在でも、5代目として活動している方がいらっしゃいますが、多くの人は、4代目のことも記憶していると想われます。1977年に噺家になるべく林家小さんに入門し、8年で真打ちに昇りつめた。それが早いのか遅いのか、ぼくにはさっぱりわからないです。落語はここ数年、TVで志の輔さんのWOWOWの同じ録画を繰り返し観てます。その程度。特に詳しくもない。寄席に行ったことも無い。つまり、ここで三木助さんの話をするのは、特殊な理由。

彼は人気者でした。モテキャラの噺家として、バラエティやワイドショーで引っ張りだこ。ところが、よくいきさつもわからないうちに、彼自身がワイドショーで取材「される側」になっていきます。何度か、自殺未遂をしたニュースが出て、本人が芸能レポーターに、いやあれは違うんですよ、とか答えてた。覇気はないけれど、取り乱さず、穏やかに、騒がないでよやだなあ、くらいな感じで。
何度めかに、彼は、成功した。自殺してしまったんです。

今でも検索をかけると沢山のしょうもない噂が出てきます。誰かがやっかんで虐めてたとか、4代目の看板が重荷だったとか。殊に虐め説の発端となった発言は、その人自身も、恐らく深刻な病気になっているから配慮も歯止めもない状態。ぼくはそんな説には、興味がない。気になるのは、そこじゃない。

この間、ASDについてを始めたときに、かなり解り難いことを、敢えてそのまま書きました。
それは、
   何気ない日常の中に、特に際立った特徴もない光の動きの中に、
   自分の「死」を投影してしまう人は、ぐっと減るでしょう。
   ってか、上の文章の意味すらわからないでしょう。
の個所です。
死んでしまいたいと想う辛さ。後から考えたらたいしたことじゃなかったり、それを跳ね返せたから今があったり、今も逃げ回ったりして、皆様々な形で、死を考えます。借金、失恋、虐め、差別…、色々とありますよね。酷いのになると、特攻とか他者の都合を圧し付けられて。
しかし一方で、謎めいた自死もあります。原因がない。ただ、魅入られた。ぼんやりとしているけれど、何に悩んでいたとかはっきりしない自死です。三木助さんの眼が、ぼくにはそれに見えた。

どうして人は自死してしまうのか。それは「社会は一定の割合で自殺する枠を求めている」からだという説があります。そう。それなら、確かに理由はない。人間にしろ、動物にしろ、社会には変種がいたり凶暴な奴がいたり、学べない奴がいます。バランスですね。戦争も経済もバランス、格差さえもバランス、そういう論調。ぼく個人は何となくそういうものに気付かされている。仕方がない…と強いられている。奴隷です。人工調整の為に自殺する枠がある?種が繁栄する為に格差が生じる?

但し、ここでふたつ付け足さないといけない。
ひとつめ。「ぼく個人は」と書きました。つまり、誰もがそう想っている訳ではない。奴隷ではなくて正しい統治だ、と確信犯でやっている奴もいるし、そんなことねえよ、そんなふうに出来てねえよ、と言い切る奴もいるし、兎に角、操られてる訳ねえだろって考え方。
ふたつめ。70年代から80年代に思春期を過ごし、正義なんてものは窮屈なだけだと想ってきたんです。誰かの予測した確率に従って死んだり調節したりするのは、絶対にイヤだ。「仕方がない。彼は自殺枠だったんだ…」自死する理由があるのなら、それは対策出来るのかも知れない。しかし、枠って何だよ。そんなものの為に、些細なことに自責を感じ、浮き、沈み、眼を伏せて、諦め、ふと死んでしまう。ダメだってそんなの。

発達障害という言葉は、最近かなり知られてきた感があります。先天的なのか、後天的なのか、言葉の使い方によって、定義者によって、振幅はそうとうありますが、必ずしも否定的なものではなく、ひとつの傾向と比率によって語られます。人工のン%が、とか、大人になってわかることが、とか。対策としては結局のところ、自己理解と自衛になる。ASDにしろADHDにしろLDにしろ、残念ながら能力の差として表出します。ぼくは自分がどれにもあたる気がしてしまう程のコンプレックスのコンプレックスです。ただ、自衛だけで済ませたくないことは、自死です。命を守りたい。

スターだった三木助さん。彼は、選ばれてしまった。そしてそれは、拒絶すべきです。自分の意思と違うものに操られたりするのは、ダメだってば。

そしてぼく自身。
ヒトのことは止めたいのに自分だけは別で、もしかするとぼくはこの微かな危機を知らされる枠として、自死する…、という恐怖がある。水面に。風に。刹那的なHipHopに。自分の弾いたつまらないギターの響きに。

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by momayucue | 2018-04-15 17:45 | ASD、自閉症スペクトラム | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


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