つれづれ

Real Time/リチャード・スペイヴン

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不思議なことにドラマーばかり聴いてる、たにぴ@もまゆきゅです。

以前はあんなにドラムに無頓着だったのにね。
ロナルド・ブルーナーJr
クリス・デイヴand Drumheatz
まだこれから書くけど、ルイス・コールアントニオ・ロウレイロや…。
ドラマーの書く曲が、凄いってことが増えた。
ただ、その中でもRichard Spavenのアルバムは、ぼくは抜きん出てる気がしてます。
ドラムの演奏が歌そのものってくらいに人体と一致してて、
しかも全然自由じゃない(^^;

非常に精密に構造化されていて、
ハイハットだけ集中して聴いていても小節の頭がわからないんです。繰り返してるのに。
音楽用語で言う、「アウトする」ということではなく、
……。
ぼくが音楽を始めた若い頃は、こういう快楽が音楽にあるとは想ってなかったです。
つまり、最も多くを吸収した10代、
シンセサイザーが登場し、テクノが登場し、人間技を越えた演奏が登場した。
ばっさりとふたつの考え方が生まれました。実に実に、ばっさり。
ひとつは、人間味がない、味がない。そこが良かったり悪かったりする。
もうひとつは、人間技を越えた未知の音楽。そこが良かったり悪かったり。
ぼくもその価値観に呑み込まれてたけど、随分後に、一寸違ったな、と気付いてきました。
つまり、普段と違う楽器や音色をコントロールする快感。
これが多くのクリエイターを呑み込んでしまい、音楽の本質と乖離があったんです。
「こんなことが出来る!」「こんなインパクトが!」
に驚いて、今目の前で作ってる音楽の10年後を見通せなくなってた。
今聴くとだっせぇ~ってなるヤルですね。
それが少し醒めてくると、同期モノの中でもいい音楽を作れた人が生き残って、
かなり時間をかけて、全く違う快感を持った音楽が出てきた。

リチャード・スペイヴンや、マーク・ジュリアナといったジャズ新世代のドラマー。
すっごいソロや有機的なビートを叩くのではなく、
サンプリングやループを、生身で、肉体で叩き出すことが、
全くサンプリングやループと競争しない、それでしかあり得ないビートだった。
あれがJazzなのかどうかもうぼくにはよくわからないけれど、
あのノリが、兎に角うさぎにつの、ぼくは気に入ってる。
極端なことを言うと、ずっとずっと「グルーヴ」という言葉がキライだったことの辻褄があった。
ノリとは、グルーヴだけじゃないんだ。

それで、リチャードの新作
その鉄壁の新しいドラマーぶりに、音楽の新しさ。
ナイーヴでウェットで、中性的。重厚さと真逆の、最小限の楽器と音色で、
全てがセンシティヴだった。曲がいい。
1stはまだPOPとの接点を保ってるし模索もしてる。
しかし、2ndも今作も、もう本気出して振り切ってる。
地味にさえなってる。
それでもめっちゃ感じるんですよ。曲が矢鱈いい。
まるで歌そのもののようなドラムに、動き過ぎない和音も凝りまくってる。
所謂Jazz的な和音におぶさらないでもこれだけハイセンスになる。何もかもにぼくは驚いてます。
これは、ドラマーだから出来たんだろうか。





by momayucue | 2018-12-05 21:47 | つれづれ | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


by momayucue
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