もーしょんぴくちゃー

絶対にお勧めしない映画 へレディタリー/継承

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話題作です。「へレディタリー/継承

ディヴィッド・フィンチャー監督の「セブン」が公開されたとき、監督の年齢は33歳。制作時を逆算すると、恐らく32歳であの映画を撮った。エイリアン3は多分ギリ20代だけど、それは置いといて(^^;、本来なら青春期の残虐性や暴力を作品にするのに、30歳前後というのは調度いいバランスなのかも知れないです。

自分に強い耐性が出来てしまった今となっては、不快感も半ばというトホホな状態ですが、映画ファンの間では、その映像、音楽や音響、ストーリー、トラップの数々、演技等など、全てが恐怖映画として抜群だと特大の評価。しかし兎に角うさぎにつの、残念ながらぼくには怖くなくて滑ってしまってる。そんなすれっからしホラーファンのたにふじですが、それでもこのHereditaryが途轍もなく意欲的な作品だということぐらいは判ります。

はい、こっから先、ネタバレします。ぼくが何故この作品でちとずっこけてしまったかも含めて、しかも監督のAri Asterのことも心配しつつ、書いてみたいと想っています。

いつもの通り、ざっくりとあらすじを…と想ったんだけど、今回はその中にちょいちょいぼく自身の経験が挟まれます。
グラハム家で、おばあさんが死んだ。どうもそのおばあさんは一家にとって困った人だったらしく、遺族の誰もがそれ程悲しんでない。これは葬式を経験したものならわかると想うけど、闘病生活が長かったりすると、家族も7日7晩泣きはらすわけじゃなく、想い出話で笑ったり、一応TV観たりとかするもの。だから、グラハム家もリアルではある。
高校生の長男ピーターと中学生だけど若干ハンディのある長女チャーリーの、近いけれども同時に醒めた関係。これも、わかるなぁ。
で、彼が引き起こす、とんでもない事故。ネタバレしちゃいますよ、交通事故です。もっとしちゃいますよお、ピーターの運転ミスです。さあ、ネタバレがっつりいきますよぉおお、道路脇の電信柱をギリギリでかわしたけれど、後部座席のチャーリーが窓から顔を出してて、その頭が電柱に激突し、首が吹き飛びます。日本でも海外でも、時折り家族起因の交通事故死がありますよね。その心理は容易に想像つきます。いや完全に同化は出来る訳が無いですが、察するにあまりある、という意味で。ピーターはそのまま運転し、家に帰って、寝てしまいます。恐怖のあまりうわ言を言いながら。但しそのうわ言は、
「大丈夫、…大丈夫…」
いや、ピーターもチャーリーも、勿論観客も、誰一人大丈夫とは想ってない。状況が狂ってるんだから大丈夫じゃないのは大丈夫だ。逆に大丈夫だったら大丈夫じゃない。
ここ迄で充分に不穏だったトーンが、その事件をきっかけに炸裂する。全員イカレてく。大丈夫であろうとすればする程、大丈夫じゃなくなってく。
最もイカレてしまうのは、母親だ。大抵この悲劇なら母親だって壊れる。親になるのは不安で、お前を生みたくなかったと長男に言ってしまったり。ぼくは言われたことがないけれど、言いたくなる親だってそりゃいるでしょう。自分に親の資格があると初めから自信たっぷりなわけはないし、産まれてからだって心配と使命感と義務感で狂いそうにもなる、ましてやこんな悲劇の中なら。仕方がないよ。
何度も幽霊を見る。何しに来てるのかわからないし、何処か間が抜けたそいつらは、幻覚の域を出ない。
そしていよいよコトはオカルトめいていく。

ここまでの心理的空中戦描写は、巨匠的に凄い。アングルも、間も、音も、構成も、文芸作品級にスキがない。で、映画館にいる間は、オカルトっぽさが覗く段階にはいると、あらら、これ、要らないんじゃない?とひねたたにふじはハテナが出てくる。折角のクソリアルなストーリーが一気に荒唐無稽なところに向かってしまう。で、そのまま、終わってしまう。え"え"え"え"ーーーっ!

人間ならぬ何か魔物、が出現してくると、一気に「なあんだそっちか」となってしまうのですが、その後、暫く考えてました。もしかすると…。
アメリカは、基本的にはキリスト教の宗派に覆われています。カソリックかプロテスタントか、或いはその外側の何か。悪魔崇拝というと何であんなものを崇拝せないかんのじゃと日本人の私は想っちゃうけど、地獄の大魔王さまってのは、悪いことして裁かれて堕ちてきたたわけものを怖い顔して罰してるんであって、ようするに神様が手を汚さないような社会構造になってる、その、天国と地獄は。だから、悪魔祓いのヒトが、おんあぼきゃあとか言っても、当の悪魔にしてみたら、いやぁオレ神様の代理で来てるんだけど…、みたいな解釈が成り立つ。一寸漫画みたいだけど実際にアメリカの田舎だとそういうローカルな信仰があったりします。超常現象の程度も含めて、Hereditaryのエンディングに登場するカルト宗教も、英語圏や、ディープな宗教世界を通過した社会ではそれ程唐突じゃないのかも知れない。
察するにグラハム家ではお父さんは婿入りさん。血の轍はおばあさんからお母さんへ、そして娘に継承されている。血の繋がりだけなら婿入りさんとは特定出来ない、単におかあさんの血筋がみたいにでもあり得るか。それもそうだな。ともあれ、お母さんは自分の遺伝的な資質を恐れている。だから避けてきたことが、それでも、起こってしまった。犬神一族への佐兵衛翁の呪いが3人の娘達を狂わせたみたいに、ばあちゃんの呪いがグレアム家を狂わせてく。お母さんが狂って異常な握力を得たとしたら、指で壁や天井を這ったら、怖いけど起こるのかも知れない。自分で首を切断は、…いやいや、どこかでそれらはピーターの幻覚になっているかも知れない。超常現象だとしても、リアリティーが無くなるとひくことはないのかも知れない。

と・こ・ろ・が・だ、
映画学生の頃にこのAri Asterが制作したものが、幾つかYouTubeに上がってるんだけど、これが、とんでもない。
The Strange Thing About the Johnsonsの方が徹底的に破壊的に心底後味が悪い。これに比べたら、ヘレディタリーがカルト宗教に収束されたことは寧ろエンターティメントです。あまりに酷い。一緒に観たゆーこ姉さんには、
「こういうことって、現実としてあり得るの?」
と、到底ぼくが答えを知ってるわけがない質問をしてきました。
2018年末段階では英語バージョンしかないし、日本語で書かれたあらすじは殆どないんだけど、どうしようかな…、やっぱりそこは自粛しておこう。父と息子と母の、レクターもレザーフェイスも及ばない純粋に最悪な関係、の話です。まあタイトルで検索して、観てみて下さい。いや、観ない方がいいかも。どの位お勧めしないお勧めかっていうと、ヘレディタリーよりも数段酷い。こういう経験は、(冒頭に伏線で書いた)セブンのラストシーンで
「こんな嫌なものは見てない、観なかったことにする…」
と感じてしまった時以来です。以来だし、それを上回る程の、何のカタルシスも与えてやるものかというグロテスクな欲望を、監督がたぎらせている。

いったい何がこんな作家を作ってしまったんだろう。彼、アリ・アスターという監督は、自己演出なのか自意識過剰なのか、それとも本物の、純粋に最悪なセンスなのか。インタビューを読むと、その辛辣さにも恐怖を覚えます。
「悲劇やトラウマは、家族を、人間関係を侵略するんです。アメリカでは最近、家族をテーマにした喪失と再生をテーマにした作品が流行していますが、これは真逆です。そんな物語は多くの成果を生まない」
気休めのカタルシスなど限定的な効果しかないと言い切ってる。それから、どうやってこれ程完成度の高いものに辿り着けたのかという質問に対して、
「〈粘り強さが肝心〉なんてありきたりな言葉ですし、僕にとってはただの〈まやかし〉です。強い意志とか諦めないではなく、ビジョンが明確にあったことがこの作品を完成まで漕ぎ着かせた」
発想の中身は子供じみているし、30歳そこそこでというのは天才にありがちなパターン。しかし、単なる自己演出ではないと想わせるものがあるのは、いずれの作品も(YouTbeの短編も含め)、
「愛もモラルもあるのに、狂っていく」
点です。愛やモラルに欠けたサイコパスではなく、それらが悪循環を巡り巡って救われない。セブンのブラッド・ピットに共感出来る観客も、ここではどうだろう。ましてやセブンでさえ当時は最悪と想ったたにふじは、この監督はお勧めしない。とりわけYouTubeは。

ところで、この不快が快感な映画は、ホラーなのか?ぼくには、恐怖はそれ程感じられなかった。






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by momayucue | 2018-12-21 20:38 | もーしょんぴくちゃー | Comments(0)

モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのミュージックライフ。 こんな時代も音楽でしょう!


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